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オンライン展覧会〈歌川広重 山と海を旅する〉

太田記念美術館にて、2023年8月1日~8月27日まで開催の展覧会「歌川広重 山と海を旅する」展のオンライン展覧会です。全80点の画像および、参考画像、作品解説を掲載しています。
note上では、画像をクリックすると、より大きなサイズでご覧いただけますので、美術館ではなかなかよく見えない細部まで拡大してお楽しみいただけます。
オンライン展覧会の入館料は800円。無料公開の下にある「記事を購入する」をクリックしてご購入ください。一度記事をご購入されると無期限でご覧いただけます。いつでも、どこでも、好きな時に展覧会をご鑑賞ください。


はじめに 

風景画の第一人者として、幕末に庶民の人気を得た浮世絵師、歌川広重(1797~1858)。広重が江戸の名所とともに盛んに描いたのが、諸国の山や海などの自然を題材にした作品です。広重は若い時期から、江戸から遠く離れた東海道の名所などを題材にしていますが、特に40代頃からは甲州や房総など、さまざまな場所へ旅に出たことが知られ、旅先で自然を写した経験が以降の作品に反映されていると考えられています。
本展では山と海をキーワードに、広重が晩年に手掛けた揃物「山海見立相撲」全20図を一挙公開するほか、「六十余州名所図会」や「冨士三十六景」など、よく知られる作品から展示されることの少ない作品まで、幅広く展観をいたします。
展示ではあわせて、日記やスケッチなどから広重が実際に現地を訪れたことが知られる名所や、既存の地理書の挿絵をアレンジして描いた名所など、その作品制作の様子についてパネルで紹介。また険しい山に建つ神社、海上の大鳥居など、各地の山と海に根付いたさまざまな信仰の形についても、その作品から読み解きます。浮世絵に描かれた絶景を、旅をする気分で楽しみながら、広重の画業をもっと深く知ることができる展覧会です。

展覧会チラシ

Ⅰ 山を旅する ①江戸と諸国の山

日本の国土の約70%は山地と言われ、全国に有名・無名の多くの山があります。富士山をはじめとして、山は定番の観光スポットであることはもちろん、登山やハイキングなど、レジャーやスポーツの対象としても近年静かなブームとなっています。
江戸時代においても、各地の山々は信仰の対象として時に畏怖され、また親しまれる存在であり、文学や絵画の題材にもなりました。浮世絵でも葛飾北斎の「冨嶽三十六景」をはじめ、多くの作品のモチーフとなっていることは言うまでもありません。
歌川広重もその風景画の中で、富士山を始めとする各地の山容を描いており、時には実際に訪れた山からの眺めも作品にしています。ここでは、江戸で親しまれた愛宕山などの低山から日本の最高峰である富士山まで、広重の作品に登場するさまざまな山を紹介します。


№1 歌川広重 「東都名所 芝愛宕山上之図」 大判 天保6~8年(1835~37)頃

愛宕山:標高25.7メートル

愛宕山は23区内の天然の山としては最高峰となる25.7メートルの標高の山。徳川家康の命で創建された愛宕神社が山頂にあり、86段からなる男坂の石段が有名でした。図では急な石段を登り終えた参詣者たちが空に浮かぶ虹と眼下の眺望を楽しんでいます。画面左には仁王門、右には茶店が並ぶ様子が描かれます。


№2 歌川広重 「名所江戸百景 飛鳥山北の眺望」 大判 安政3年(1855)5月

飛鳥山:標高25.4メートル 筑波山:標高877メートル(女体山)、871メートル(男体山)

飛鳥山は現在のJR王子駅南側に位置する台地。江戸時代には桜の名所として親しまれ、図はのどかな花見の様子を描いています。遠景に見えるのは、富士山と並んで江戸の庶民に親しまれた筑波山。飛鳥山は北区の測量により標高25.4メートルと確認されましたが、国土地理院の地形図では、正式な山としては認定されませんでした。


№3 歌川広重 「五十三次名所図会 八 平塚 馬入川舟渡し 大山遠望」 大判 安政2年(1855)7月

大山:標高1252メートル

縦構図に五十三次の名所を描いたシリーズの一点で、平塚宿を題材にしています。馬入川とは、相模川下流の別称のこと。図は遠景に大山を描き、その向こうには富士山も見えています。大山は丹沢山地の南東の端にある山で、雨降山とも呼ばれます。山頂に阿夫利神社、中腹には大山寺があり、古くから信仰を集めました。


№4 歌川広重 「東海道五拾三次之内 箱根 湖水図」 大判 天保4~7年(1833~36)頃

箱根山:標高1438メートル(神山)

箱根山は神奈川県箱根町を中心に広がる山地の総称。中央火口付近に位置する最高峰の神山のほか、金時山や早雲山など多くの山があり、内側には芦ノ湖が水をたたえています。図は箱根山と芦ノ湖、遠景には富士山を描き、山肌の美しい色彩も印象的な一点。広重はおそらく嘉永4年(1851)頃に箱根へ旅しており、その様子を絵日記に残しています。


№5 歌川広重 「東海道五拾三次之内 原 朝之冨士」 大判 天保4~7年(1833~36)頃

富士山:標高3776メートル

日本一高い山として知られる富士山。その偉容は古くから人々に親しまれ、信仰を集めてきました。浮世絵でも葛飾北斎「冨嶽三十六景」はもちろん、ライバルである広重も多くの作品でモチーフにしています。図は東海道の原宿を題材にした作品で、遠景に富士山と愛鷹山を描き、手前では旅人たちがその美しさに見入っているようです。


№6 歌川広重 「五十三次名所図会 十四 原 あし鷹山不二眺望」 大判 安政2年(1855)7月

愛鷹山:標高1504.2メートル(最高峰の越前岳)

背景に富士山と愛鷹山を描き、手前には東海道の原宿の様子を描きます。富士山を描く際、その高さを表現するために、画面の枠をはみ出すように描くのは浮世絵によく見られる手法。本図では画面の半分近くを使って富士山を捉えています。富士山の手前に見えるのは愛鷹山の連峰です。

コラム 広重と諸国への旅①


№7 歌川広重 「山海見立相撲 安房清住山」 大判 安政5年(1858)7月

清澄山:標高377メートル

広重が最晩年に手掛けた、諸国の山海を題材にした揃物「山海見立相撲」の一図。図は安房の清住山(清澄山)を描きます。清澄山は房総半島に多い300メートル代の山のひとつで、山頂には清澄寺があります。広重は嘉永5年(1852)閏2月の房総旅行の際、清澄寺を訪れています。日記では桜が花盛りだったようですが、図でも桜の木がちらりと見えています。

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