雪の日はご用心ー歌川広景「江戸名所道戯尽 十四 芝赤羽はしの雪中」
東京では頻繁に雪が降らないため、ちょっとの雪でも、足を滑らせて転んでしまうことが往々にしてあります。そんな不注意から起きる事故は、江戸時代にもあったようです。
こちらは、歌川広景(ひろかげ)が描いた「江戸名所道戯尽(えどめいしょどうけづくし)」という、全50枚からなるシリーズの1図、「十四 芝赤羽はしの雪中」です。
舞台は、増上寺の南側を流れる渋谷川に架かる赤羽橋。現在の地下鉄大江戸線、赤羽橋駅のすぐ近くです。奥には、朱色の門を構える立派な屋敷は久留米藩有馬家の上屋敷。雪がしんしんと降り続けており、みな難儀そうに傘をさしながら歩いています。
そんな中、ある悲惨なトラブルが発生しました。雪で足元が滑りやすくなっていたのでしょう。赤羽橋を渡ろうとした男性は、見事なまでに尻もちをついてしまいました。乱れた裾からは、赤い褌も見えてしまっています。
しかも不幸は連鎖するようです。男性が転んだ拍子に、右足の下駄の鼻緒が切れ、飛んで行ってしまいました。それが運悪く、正面を歩いていた男性の顎に見事にクリーンヒット。
災難に巻き込まれたこの男、風呂敷包みを背負い、足に脚絆をしているのを見ると、ちょっと遠出をしようというところなのでしょうか。そばにいた女性もいったい何事と、驚いて振り返っているようです。
よく見ると、雪の上に残る足跡の形を描き分けているのも、面白いですね。
ちなみに、赤羽橋周辺の景色は、歌川広景の師匠である歌川広重もしばしば描いています。こちらは「名所江戸百景 増上寺塔赤羽根」。赤羽橋をはるか上空から見下ろしています。
背景の久留米藩有馬家の上屋敷は、広景と同じような角度で描いています。
塀の中に幟(のぼり)が見えますが、これは屋敷の中にある水天宮という神社が掲げているもの。普段は大名屋敷の中に庶民たちは入れないのですが、有馬家は月に一度、庶民たちが水天宮へ参詣することを許可していました。そのため、庶民たちの間で「情け有馬の水天宮」という洒落が流行するほどの大人気に。現在は、東京都中央区日本橋蛎殻町に遷座しています。
皆さんも、雪の日の事故には十分にお気を付けください。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)
歌川広景の作品は2021年7月25日まで開催の「江戸の天気」展にて展示しました。
また、こちらの書籍では、歌川広景の「江戸名所道戯尽」全50点が掲載されています。ご参考にしてください。
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