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加速する北斎の遊び心ー葛飾北斎「冨嶽三十六景 遠江山中」

葛飾北斎の代表作「冨嶽三十六景」。全46点ある中で、巨大な波や赤富士を描いた作品は有名だが、他にもお薦めしたい作品はたくさんある。この「遠江山中」は、大胆な構図を駆使した、北斎らしさ満載の作品だ。

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舞台は、現在の静岡県西部の山の中。木挽きたちが、斜めに立てかけた角材の上と下に分かれ、懸命にのこぎりを挽いている。

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左下の男性は、のこぎりの歯の目立てをして、切れ味を取り戻そうとしているところ。

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そこに、赤ん坊を背負った女性が、お弁当の入った包みを手にやって来たようだ。

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山の中で働く人々の何気ない日常を、北斎は大胆な構図で切り取る。まず、巨大な角材を、画面の対角線上に堂々と配置。さらに、角材と支柱の間から富士山を覗き見るという奇抜な視点で、鑑賞者を楽しませる。

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画面の至る所に、富士山の形と対比する三角形が隠れているのも、幾何学的な構図を好んだ北斎らしい。角材と支柱、あるいは支柱同士が作り出す、いくつもの三角形。右端の土の盛り上がりも三角形と言えよう。

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こうしてよく見ると、木挽きたちの仕事を見たままにスケッチしたのではなく、北斎らしい奇抜な仕掛けをふんだんに盛り込んでいることが分かる。現実を正確に記録するのではなく、富士山と木材を自在に組み合わせて、自分にしか描けない驚きの世界を生み出そうとするのが北斎だ。

この頃の北斎は、もう70歳を超えている。だが、作品を見る人たちを楽しませたいという遊び心は、ますます加速しているようだ。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

初出:『毎日新聞』 2020年10月05日(月)夕刊 「アートの扉:発見!お宝 太田記念美術館1」「葛飾北斎 冨嶽三十六景 遠江山中 三角形の遊び自在に」

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