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最強の敗者?ー歌舞伎の悪役たち

太田記念美術館

歌舞伎を見ていると、強烈な個性を持った悪役たちがしばしば登場します。現代でも、例えば映画のスター・ウォーズではダース・ベイダーという魅力的な悪役が登場するように、悪役というのは時に主人公以上の印象を残すことが少なくありません。

そして悪役たちは、かなりの確率で正義の側の主人公たちに倒されます。勧善懲悪の物語の中では、強大な悪役が滅ぼされることが、物語の結末となっている場合が少なくないからです。つまり悪役は「負けること」が定められた人たちとも言えます。そして悪役が強大かつ個性的であればあるほど、その物語は盛り上がるのです。

超人的な力をそなえた悪役〈藤原時平〉

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歌川豊国 「菅原伝授手習鑑」車引 大判4枚続 寛政8年(1796)7月

上の絵は、歌舞伎の名作「菅原伝授手習鑑」の名場面である「車引の場」。

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藤原時平

右から2番めの絵に描かれているのが国家転覆を企み、菅丞相(菅原道真)と敵対する、今のことばでいえばラスボス的なキャラクターの「藤原時平ふじわらのしへい」。牛車に乗って登場し、牛車の周囲の囲いをつきやぶって中から姿を現します。

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梅王丸
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桜丸

時平を倒す機会をうかがっていた梅王丸、桜丸の二人は、時平の鋭い眼光に射すくめられただけで、その場をうごけなくなってしまいます。

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これが現代の映画や特撮ものだったら、目からビームが出ているところかも知れません(?)。逆だった髪、隈取りと鋭い眼光が圧倒的な時平の存在感を表しています。

盛りに盛ったキャラクター造形

いわば超人的なキャラクター造形がなされた藤原時平ですが、実はモデルは歴史上に実在する同名の人物、藤原時平ふじわらのときひら(871~909)。讒言ざんげんによって菅原道真(845~903)を大宰府に左遷させた人物として知られています。

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小林清親 菅公配所之図 大判3枚続 明治35年(1902)2月

こちらは太宰府へと左遷され、海辺で月を眺めながら我が身を憂う道真の様子。道真は失意のうちにその地で没しました。道真の死後、藤原時平も早世したのですが、当時から道真の怨霊によるものとの風説がたったそうです。

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実際にはただの(?)公家なのですが、歌舞伎では悪役としての設定が盛りに盛られ、このように人間離れしたキャラクターになってしまいました。ちなみに、最後は途中で切腹した桜丸とその妻八重の亡霊によって殺されます。

「大化の改新」の曽我入鹿もラスボスに

実は藤原時平のような役は、悪役の中でも「公家悪くげあく」と呼ばれ、歌舞伎ではおなじみのキャラクター造形であったりします。役の名前は異なりますが、雰囲気の似ている役がいろいろなお芝居に登場するということですね。

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豊原国周 五代目大谷友右衛門の入鹿大臣 大判錦絵 明治2年(1869)9月

公家悪の代表的な配役のひとつに、「妹背山婦女庭訓いもせやまおんなていきん」という作品に登場する悪役、蘇我入鹿があります。いうまでもなく、モデルは大化の改新で有名な蘇我入鹿(?~645)。江戸時代からはるかさかのぼる古代の人物であり、歌舞伎が日本の歴史のさまざまな時代を元ネタにしていることがわかります。

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2つの絵を並べてみると、なかなか雰囲気が似ていることがわかりますね。両者の特徴的なかつらは「王子」と呼ばれるもの。顔にほどこされた隈取りは、藤原時平は代赭たいしゃを用いた茶隈ちゃぐま。蘇我入鹿は白塗りに藍隈あいぐまとなっています。現行では、藤原時平も入鹿と同じく白塗りに藍隈で演じられます。

蘇我入鹿は父である蝦夷えみしを殺して天皇を僭称し、天下調伏を狙う大悪人として登場。最後は藤原鎌足に宝影の鎌で首を切り落とされ、首が虚空を飛び、火炎を吹いて消えるという壮絶な死を遂げます。ここでの入鹿も史実のモデルとはかけはなれた、盛りに盛ったキャラクターであるといえるでしょう。

歌舞伎のみならず、現代のドラマや映画でも欠かせない存在である悪役たち。彼らは「最強の敗者」とも言える存在かもしれません。

文:渡邉 晃(太田記念美術館 上席学芸員)


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