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本能寺の変を歌川国芳が描いてみた。

本能寺の変は、天正10年(1582)6月2日、京都の本能寺に滞在していた織田信長に対し、家臣である明智光秀が謀反を起こして襲撃した事件のことです。寝込みを襲われた信長は、自ら弓を取って戦うものの、多勢に無勢のため、寺に火を放ち、自害しました。NHK大河ドラマでもクライマックスの一つとなる、歴史上でも重要な出来事です。

さて、この本能寺の変の様子を、江戸時代の浮世絵師である歌川国芳が絵画化しているのですが、登場する人物たちは、私たちが想像している本能寺の変とは、かなり違うようです。

まずは歌川国芳の浮世絵を見てみましょう。題名は「堀川夜討ノ図」。右上に、明智光秀の軍勢に包囲されて追い詰められている織田信長が描かれているように見えますが…。

図2のコピー

そのそばに描かれている人物名をよく読むと、「伊豫守源義経」とあります。織田信長ではなく、源義経なのです。

11717国芳1のコピー

しかも、画面の左の方には、源義経の家臣である武蔵坊弁慶。

11719国芳2

さらには、源義経の愛妾である静御前も、薙刀を振り回して戦っています。

11719国芳1のコピー1

そもそも題名が「堀川夜討ノ図」です。堀川夜討とは、文治元年(1185)、源頼朝の命により、土佐坊昌俊が京都の堀川にある源義経の屋敷に夜討をかけた事件のことで、浮世絵の武者絵の画題として古くから好まれていました。

歌川国芳のこちらの作品も、題名の通り、堀川夜討の場面を描いたものであって、本能寺の変ではないではないかと、思われるかもしれません。

しかし、江戸時代、浮世絵版画の中で、天正年間(1573~93)頃以降の武将を描くことが、幕府によって禁じられていました。すなわち、織田信長や豊臣秀吉が関わる出来事をそのまま絵にすることが出来なかったのです。

そこで浮世絵師たちがとった作戦が、平安・鎌倉・室町時代といった大昔に活躍した武将たちを描くことによって、信長や秀吉の姿を連想させるという方法です。忠臣蔵の物語を、江戸時代に実際に起きた事件ではなく、鎌倉時代の出来事として扱うといった、歌舞伎でも頻繁に見られる仮託の手法です。

それでは、国芳の浮世絵を観賞していた江戸時代の人々は、義経が織田信長の仮託であると理解できたのでしょうか?

その背景には、寛政9~享和2年(1797~1802)に刊行された『絵本太閤記』という読本があります。豊臣秀吉の出世物語を描いた一代記です。

『絵本太閤記』三編九(早稲田大学図書館蔵)がちょうど本能寺の変の場面となるのですが、その挿絵を見てみますと、信長が槍で複数の敵兵を刺す姿や、お能の方(信長の正室のお濃の方とは別人)が薙刀を振り回しながら裸足で走っている姿が、国芳の作品とそっくりです。(リンク先である早稲田大学図書館のサイトをご覧下さい)

図2のコピー1
11719国芳2のコピー4

敵を槍で突き刺す森蘭丸を左右反転させた姿も、国芳の作品に登場します。(リンク先をご覧下さい)

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もちろん、国芳が「堀川夜討ノ図」を描くにあたって、単に『絵本太閤記』の中から参考になる挿絵を選んだだけで、本能寺の変として描く意図はなかった可能性もあります。

ただ、国芳が嘉永4年(1851)に「堀川夜討ノ図」を刊行する数年前から、当時の浮世絵界で、太閤記を題材とした武者絵が大流行していました。当然、大昔の人物として描かれていますが、当時の庶民たちには読み解くことができたことが『藤岡屋日記』という当時の記録からも分かります。国芳の「堀川夜討ノ図」も、ここまで『絵本太閤記』の挿絵とそっくりである以上、少なくとも国芳には、本能寺の変の場面として描く意図があったと考えられるのです。

ちなみに、この頃、太閤記の武者絵が流行した背景として、岩切友里子氏は、庶民の間で太閤記の人気が高かっただけでなく、版元の商売上の戦略であった可能性を指摘しています(註1)。すなわち、太閤記の武者絵は正確な人物名が表記されていないので、見る人が図様や人物の紋から、これは誰でどんな場面なのか探らなければなりません。それが人々の関心を集め、売り上げの増加につながったというのです。

註1:岩切友里子「太閤記の世界」『浮世絵 大武者絵展』(展覧会図録)、町田市立国際版画美術館、2003年。

現代の大河ドラマであれば、最新の歴史研究を元に、どのようにフィクションであるドラマにするかを考えなければなりません。それも大変なご苦労かと思いますが、江戸時代の浮世絵師は、一つの物語を描きながらも、全く別の物語も連想させなければならないという、現代とはまた違った別の苦労があったのです。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

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