浮世絵の夕暮れ空を眺めてみた
浮世絵には「夕涼み」「夕立」「夕景」「夕照」といった、夕方であることを示す言葉を含んだタイトルの作品がかなりあります。しかしながら、日が沈み、徐々に薄暗くなっていく夕暮れ空の美しさを捉えた作品はそれほど多い訳ではありません。今回は、太田記念美術館が所蔵する風景画の中から、夕暮れの空を描いた名品を厳選してご紹介いたします。
①歌川広重「木曽海道六拾九次之内 洗馬」
木曽路を通る中山道の風景を描いた「木曽海道六拾九次之内」。そのうちの1図、「洗馬(せば)」は長野県塩尻市にあった宿場町・洗馬の近くを流れる奈良井川を舞台にしています。
大きな満月が浮かんでいますが、その周りの空の色にご注目ください。水色の空が徐々に薄暗くなっていく様子が表現されています。
満月の右側の空は、夕陽の光があたり、薄い赤色に染まっています。一方、満月の上の空は薄墨色で重ねられており、夜が近づいている様子が分かります。わずかな時刻の空模様の移り変わりを、淡い色彩を重ねることが表現しているのです。
②二代歌川豊国「名勝八景 金沢帰帆」
こちらは、現在の神奈川県横浜市金沢区にある瀬戸橋から平潟湾を望んでいます。題名に「金沢帰帆」とあるように、夕方の時刻、船が続々と沖から戻ってきている様子が描かれています。
空をご覧下さい。鮮やかなピンク色になっていますが、さらにじっくり見てみると、太陽の光が左下から右上へと斜めに伸びていることが分かります。
かなり強烈な光のようで、水面には丘の影がくっきりと映っています。
日の出の光を放射状の線で表現することはしばしば見受けられるのですが、夕陽の光をこのように表現するのはあまり例がありません。
③葛飾北斎「冨嶽三十六景 御厩川岸より両国橋夕陽見」
日本各地の富士山を眺めた北斎の代表作「冨嶽三十六景」より、隅田川の渡し船から、遠くに両国橋と富士山を眺めた作品です。題名には「夕陽見」とありますが、夕陽らしきものは見えず、空もかなり薄暗くなってきています。
対岸の富士山や両国橋、建物、船にはいずれも輪郭線がなく、シルエットのように描かれています。少しずつ日が沈んでいく中、遠くの景色の色が次第に色を失っていく様子を捉えることで、夕暮れの時間帯を表現したのでしょう。
ちなみに、両国橋の上をさらにじっくり見て下さい。欄干の上にギザギザの形をしたシルエットが見えます。これは人々の頭。これから打ち上げられるであろう花火を見物するため、両国橋の上に大勢詰めかけている様子を表現しています。
④小林清親「川口善光寺雨晴」
ここからは明治時代の浮世絵です。場所は荒川の川口の渡し。対岸には善光寺(現・埼玉県川口市舟戸町)が見えます。
やはり注目は雨上がりの後の夕焼けの表現でしょう。画面の右上は灰色の雨雲が浮かんでいますが、すでに通り過ぎたようで、画面の中央上には青空がのぞいています。さらにそこに夕陽があたり、左側は赤く輝いています。
さらに水面にもご注目ください。夕陽が当たるところはピンク色になっていますが、青空の下は水色、雨雲の下は灰色と、さまざまな色が混在して、夕暮れ時のわずかな変化を捉えようとしています。
⑤小倉柳村「向島八百松楼之景」
最後は小倉柳倉の風景画です。向島の枕橋のたもとにあった八百松という料亭を舞台にしています。隅田川のすぐそばで、対岸には浅草寺の本堂と五重塔が見えました。透視図法を駆使した建物も印象深いですが、西の空の夕焼けにご注目ください。
薄い水色をした青空と、鮮やかな橙色の夕焼けが美しいコントラストとなっています。
さらに細かい所にもご注目ください。まずは手前の樹木。夕陽が当たっている上の方はちょっと茶色くなっています。
さらに隅田川の水面も、水色と橙色が混在して、夕焼けの美しさを演出しています。わずかな色の変化もしっかりと捉えているのです。
以上、浮世絵に描かれた夕暮れの空をご紹介しました。綺麗な夕焼けの空を見た時、ぜひ浮世絵の空も思い出してみて下さい。
さて、太田記念美術館では、浮世絵に描かれた天候にスポットを当てた「江戸の天気」展を、2021年6月26日(土)~8月29日(日)に開催しました。現在はオンライン展覧会としてご覧いただけますので、江戸の天気にご興味のある方はご利用ください。ただし、今回ご紹介した作品は、展覧会に出品しないものも含んでおりますので、ご注意ください。
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文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)
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