【オンライン展覧会】「没後160年記念 歌川国芳」〈PARTⅡ〉江戸っ子に驚きを!ー武者と風景
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【オンライン展覧会】「没後160年記念 歌川国芳」〈PARTⅡ〉江戸っ子に驚きを!ー武者と風景

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太田記念美術館にて9/4~10/24まで開催の「没後160年記念 歌川国芳」展のうち後期展示にあたる、10/1~24「PARTⅡ 江戸っ子に驚きを!ー武者と風景 」の展示作品・全80点の画像、ならびに作品解説を、美術館の入館料と同額の1,000円にてご覧いただけます。

9/4~26に開催された「〈PARTⅠ〉憂き世を笑いに!ー戯画と世相 については、別途オンライン展覧会で配信中です。なお、前期と後期では作品は重なっておりません。

note上では、画像をクリックすると、より大きなサイズでご覧いただけますので、美術館で実物をご覧いただくような感じでお楽しみいただけます。
このオンライン展覧会の入館料は1000円です。無料公開部分の下にある「記事を購入する」をクリックしてご購入ください。

この記事の販売は、2021年11月28日(日)までとなりますが、ご購入された方は無期限でご覧いただけます。この記事の削除後(販売終了後)は、[購入した記事]もしくは[購入履歴]のページからアクセスするか、購入時に配信しているメールからご覧ください。

いつでも、どこでも、お好きな時に「没後160年記念 歌川国芳」展をご鑑賞ください。


はじめに

歌川国芳(1797~1861)は江戸時代後期に活躍した浮世絵師です。国芳は10代後半で浮世絵師としてデビューし、売れない不遇の時期を過ごしたあと、30代前半で描いた「通俗水滸伝豪傑百八人之一個つうぞくすいこでんごうけつひゃくはちにんのひとり」シリーズで大ブレーク。以降は勇壮な武将を描いた武者絵や、コミカルな笑いを描いた戯画をはじめ、風景画、美人画、役者絵、子供絵など、ありとあらゆるジャンルを精力的に手掛け、多くの弟子も育てて浮世絵界を牽引しました。
また国芳は天保の改革の影響下における不安定な世情の中で、精力的に浮世絵を描いたことでも知られています。時に作品が当時の幕政を暗に風刺しているとして絶版になったり、奉行所に呼び出されることもありましたが、国芳はそれにめげることなく、江戸っ子に笑いや驚きをもたらす戯画や武者絵を描き続けたのです。
昨今ではコロナ禍により人々の楽しみが制限され、閉塞感のある状況が続いていますが、このような時代にこそ、国芳の底抜けに明るい作品やポジティブに生きる姿勢が、現代の私たちにも強く訴えかけてくるのではないでしょうか。
2021年は歌川国芳の没後160年にあたります。この記念の年に国芳の生涯と作品を改めて紹介し、その魅力に迫ります。


Ⅲ 物語を描く

浮世絵では歴史や伝承から、当時人気を博した歌舞伎や小説まで、ありとあらゆる物語が題材として描かれました。中でも国芳が生涯のテーマとしたのは、中国や日本の勇壮な武者たちが繰り広げる物語を描いた武者絵です。出世作である「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」の大ヒットで武者絵の第一人者へと躍り出た国芳は、以降も精力的に作品を手掛けます。中でも三枚続に巨大モチーフを描く一連の作品は、当時の人々の度肝を抜いたことでしょう。
また本章の後半では、国芳による役者絵の作品を紹介。国芳は当時の歌舞伎の舞台の迫力や興奮を写し取り、また絵画的にも優れた印象的な作品を多く残しています。

№81 源頼光土蜘蛛の妖怪を斬る図 大判錦絵2枚続 文化13〜14年(1816〜17)頃 個人蔵

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本図は『平家物語』や『源平盛衰記』の「剣の巻」などに伝えられる話で、病床にあった源頼光に土蜘蛛が蜘蛛の巣のようなものを投げかけたところ、頼光が膝丸という刀で足を一本斬り落としたという場面を描く。「採芳舎国芳」という画号は国芳がごく最初期に使っていた画号。

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№82 平知盛亡霊の図 大判錦絵3枚続 文政元~3年(1818~20)頃 個人蔵

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兄頼朝に疎まれて都落ちとなり、西国を目指した源義経と、武蔵坊弁慶らその配下たち。図は摂津国の大物浦で、一行が波の上に浮かぶ平知盛の亡霊、ならびに平家の怨霊たちと対峙する、謡曲「船弁慶」などによって知られる場面を描く。国芳が画業初期に評判をとったと伝わる作品で、国芳やその門人たちが以降たびたびこの場面を題材にしている。

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№83 源三位頼政鵺退治 大判錦絵3枚続 文政元~3年(1818~20)頃 個人蔵

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仁平年間(1151~54)、夜な夜な御殿の上に怪しい黒雲が現れるので、源頼政は勅命を受けてこれを弓矢で射落とした。部下の猪早太がそれを仕留めてみると、その正体は、頭は猿、胴は狸、手足は虎、尾は蛇の形をした鵺という化け物であった。『平家物語』や『源平盛衰記』、あるいは謡曲『鵺』に伝えられる物語。

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№84 通俗水滸伝豪傑百八人之壹人 混世魔王樊瑞 大判錦絵 文政11~天保4年(1828~33)頃

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国芳の出世作となった『水滸伝』を題材にした武者絵のシリーズの一点。図は樊瑞はんずいを描く。樊瑞は芒碭山の山賊の頭目であったが、梁山泊軍に平定されてその仲間となった。図は梁山泊による田虎討伐の際に、妖術使いの喬道清に対し、樊瑞が妖術で対抗する場面。喬道清の力はそれを上回り、樊瑞は退却することとなる。


№85 通俗水滸伝豪傑百八人之壹人 短冥次郎阮小吾 文政11~天保4年(1828~33)頃 個人蔵

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阮小五は泳ぎに長け、兄弟の小二、小七とともに梁山泊で水軍の頭領として活躍した人物。本図は、晁蓋を捕らえるために官軍が攻め寄せてきた際、敵船を狭い入江に誘い込み、撃退する場面。原話では敵将の何涛が水中に引き込まれる場面があるが、それをしたのは阮小五ではなく弟の阮小七であり、本図は国芳の創作、もしくは思い違いということになる。


№86 神我志姫 大判錦絵 文政9~10年(1826~27)頃 個人蔵

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国芳の出世作「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」とほぼ同じ時期に刊行された作品。『日本書紀』の中で、景行天皇による熊襲くまそ征伐に登場する神夏礒媛かんなつそひめの逸話をもとにして、武者絵では、周防国の勇猛な神女である神夏礒媛かみがしひめが土蜘蛛の妖怪と戦う画題がある。本図もそれを踏まえたものか、神我志姫が土蜘蛛の脳天に槍をさそうとする勇敢な姿が描かれている。


№87 本朝水滸伝豪傑八百人之一個 猪早太広直 大判錦絵 天保元~2年(1830~31)頃 個人蔵

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「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」の大ヒットを受け、同じ版元から出された全30点からなる揃物の一点。題名に「本朝」とあるように、今度は中国ではなく日本の豪傑たちを集めている。本図は源頼政が弓で射抜いた鵺を、配下である猪早太が短刀で仕留めようとする場面。画面手前を斜めに横切る雷と、不気味な渦を巻く背景の黒雲が、画面に緊迫感を与えている。


№88 清盛入道布引滝遊覧悪源太義平霊討難波次郎 大判錦絵 天保元年(1830)頃 個人蔵

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源義朝の長男である悪源太義平は平治の乱に敗れ、六条河原で処刑されることとなる。その際、義平の首を斬ったのが難波次郎経房であった。その後、経房が平清盛に随行して摂津国の布引の滝を訪れた際、凄まじい豪雨となり、経房は雷に打たれて焼け死んでしまう。義平の怨霊が雷となって復讐したのであった。画面の中を縦横無尽に暴れまわる稲妻の描写が国芳ならではの迫力に富む。

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原宿にある浮世絵専門の美術館。浮世絵の楽しさを皆さまにお伝えします。画像は表記がないものは太田記念美術館所蔵。HPは http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/、twitterはhttps://twitter.com/ukiyoeota