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【オンライン展覧会】 「信じるココロ ー信仰・迷信・噂話」

太田記念美術館にて、2022年2月4日~2月27日まで開催の「信じるココロー信仰・迷信・噂話」展のオンライン展覧会です。展示作品全56点の画像および作品解説を掲載しています。
note上では、画像をクリックすると、より大きなサイズでご覧いただけますので、美術館で実物をご覧いただくようにお楽しみいただけます。
オンライン展覧会の入館料は、実際の展覧会と同じ800円です。無料公開の下にある「記事を購入する」をクリックしてご購入ください。一度記事をご購入されると無期限でご覧いただけます。いつでも、どこでも、好きな時に「信じるココロ」展をご鑑賞ください。

展覧会チラシデザイン

はじめに

江戸時代には、さまざまな民間信仰が庶民に親しまれました。大寺院から町中の稲荷社まで、多数の寺社で毎月のように行われた縁日や、出開帳のようなイベントは数多くの人々で賑わいました。また庶民の関心は江戸市中にとどまらず、近場では江ノ島の弁財天や大山石尊社、遠方では富士山から伊勢神宮まで、人々は信仰のみならず行楽も兼ねて江戸の外へと繰り出したのです。
流行り廃りが激しいのも江戸庶民の信仰の特徴で、例えば嘉永2年(1849)には於竹如来を始めとする3つの神仏が一過性の大ブームとなります。当時の最新の世相を描いた浮世絵は、こうした流行を現代のSNSのように人々に伝え、拡散する役割を果たしたのです。他にも鯰が地震を起こすという迷信に基づいた「鯰絵」や、人魚が現れたというちょっと怪しいニュースを描いた作品まで、「信じる」をキーワードにさまざまな浮世絵を紹介します。

Ⅰ 浮世絵で拡散!―流行神・迷信・噂話

江戸時代の浮世絵には、江戸市中の最新の世相が描かれました。特に幕末になると、浮世絵は時に数千から万単位で大量に出版されて人々に行き渡るようになります。歌川国芳とその門下を中心に、浮世絵師たちはアイデアを凝らしてその時々の話題や流行を描き、浮世絵が流行をさらに拡散させるという流れがひんぱんに繰り返されたのです。ここでは「信じる」という視点から、「流行神」「迷信」「噂話」という時事性の強い3つのテーマに沿って作品を紹介します。

①流行神(はやりがみ)

流行神とは、突発的に信仰されて急速に忘れられる神仏のこと。日本では7世紀に現れたと常世神など、古代からその例がありますが、江戸時代にもさまざまな流行神が人気を呼びました。中でも嘉永2年に回向院で出開帳が行われて大人気となったお竹如来や、同時期に流行った内藤新宿正受院の奪衣婆、日本橋の翁稲荷という3つの流行神は有名で、数多くの浮世絵が描かれています。

(1)関斎 烈婦於竹か伝 大判錦絵 嘉永2年(1849) 個人蔵

元和・寛永の頃、江戸の佐久間家にお竹という品行の良い下女がおり、大日如来の化身とも言われ、やがて天に登ったとされます。その死後、等身大の大日如来像が羽黒山の麓のお竹大日堂に祀られ、江戸でも幾度か出開帳が行われました。特に嘉永2年(1849)の出開帳は大きな話題を呼び、本図のような浮世絵も多数出版されています。図は於竹の背後から後光が差し、そのかたわらには猫が寄り添っています。

 

(2)歌川国芳 於竹如来 大判錦絵 嘉永2年(1849) 個人蔵

嘉永2年のお竹如来ブームの際に描かれた作品のひとつ。台所で盆を拭くお竹の背後に笊が描かれ、後光のように見えています。お竹は慈悲深く、台所の流しの水落しに布の袋を貼り食器を洗った際に出る雑菜を集めて食し、自分の食事は貧しい人々に与えたというエピソードが画中に紹介されています。

 

(3)歌川国芳 於竹大日如来 一切衆生もろもろの願をかける 大判錦絵 嘉永2年(1849)

お竹如来を描いた作品の一点。雲に乗って天に登ろうとするお竹は、よく見ると体の下半分が如来の姿になっています。画面下にはお竹に願い事をする人々が集まっており、「自分は醜男だがよい女房が持ちたい」「良い着物や櫛簪をつけて、毎日おいしいものを食べて、江戸一番の良い男を亭主に持ちたい」など、それぞれ勝手な願い事を述べています。国芳による吹き出しのようなユニークがデザインも目を引く作品です。

 

(4)歌川国芳 奪衣婆の願掛け 大判錦絵 嘉永2年(1849)

嘉永2年にお竹如来とともに大人気になった流行神の一つである、内藤新宿正受院の奪衣婆像を題材にした作品。奪衣婆とは、三途の川のほとりで亡者の衣服を剥ぎ取る鬼婆のことで、江戸時代末期には民間信仰の対象となって親しまれました。画面下では奪衣婆の御利益に与ろうと、人々が「背が高くなりたい」「力持ちになりたい」「素敵な人と結婚したい」などと、好き勝手な願い事をしており、奪衣婆もいささか呆れ顔のようです。

 

(5)歌川国芳 奪衣婆の願掛け 大判錦絵 嘉永2年(1849) 個人蔵

内藤新宿正寿院の奪衣婆像を題材にした作品。奪衣婆に願いを聞いてもらおうと、大勢の人々が押し寄せています。参詣者の台詞には「おすな/\あんまりおすから願事をわすれてしまつた」などとあり、かなりの混雑の様子。奪衣婆も耳を抑えて「やれ/\さわかしい」「さアさアいゝかけん(加減)にしなせへ」などと憔悴しきっています。

 

(6)歌川国芳 流行おばアさん ねがいしようじゆ 大判錦絵 嘉永2年(1849)個人蔵

奪衣婆が横たわって動物や人間、雷様などが願い事をしており、構図は釈迦涅槃図のパロディになっていることがわかります。詞書は「むかし/\大そうにねがひのきくおばアさんがあつたとサ」と昔話の体で、鼠は「猫に会わぬように」、猫は「鼠が捕れるように」など、皆の願いが叶えられた一方、狸だけは願いが叶えられなかったとあります。


 (7)歌川国芳 流行神の踊り 大判錦絵 嘉永2年(1849)個人蔵

お竹如来、正受院の奪衣婆とともに、嘉永2年に人気となった神仏に日本橋の翁稲荷があります。本図はでは、お竹如来の三味線と翁稲荷の太鼓にあわせて奪衣婆が踊りを踊るというにぎやかな図。画面上には「〽ゆんべくらやミで〽さいせん三文ひろつたじやないか」など、ユーモアのある歌詞が書かれています。

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