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浮世絵美人が異世界に紛れ込んでしまったお話

歌川国芳の「近江の国の勇婦於兼」。この浮世絵はとても奇妙です。

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左側にいる「勇婦於兼」という女性は、典型的な美人画のタッチで描かれた、浮世絵ではよく見かける、ありふれた姿です。

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一方、右側にいる馬は、体全体に陰影が施されて、まるで西洋絵画のよう。

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顔もハンサム。

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さらに、白い雲や湖の向こうの山など、浮世絵とは思えない、異国情緒が漂っています。

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まるで「勇婦於兼」という浮世絵の女性が、見知らぬ異世界に転生してしまったようです。

実は、作者の歌川国芳が、馬や背景を描くにあたって、西洋の絵画を参考にしていたことが、近年の研究によって明らかになっています。

馬については、フランス語版の『イソップ物語』のうち「馬とライオン(LE CHEVAL ET LE LION)」に描かれた馬をそっくりそのまま描いていることが、勝盛典子氏によって指摘されています(勝盛典子『近世異国趣味美術の史的研究』臨川書店、2011年)。(図版が掲載できずにすみません。)

また、背景の山については、ニューホフの『東西海陸紀行』のうち「De Haven St. VINCENT」を参照していることが、勝原良太氏によって指摘されています(勝原良太「国芳の洋風版画と蘭書『東西海陸紀行』の図像」『日本研究』34号、国際日本文化研究センター、2007年)。

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※『東西海陸紀行』の図版は、太田記念美術館編『没後150年記念 破天荒の浮世絵師 歌川国芳』(展覧会図録、2011年)より転載。

西洋絵画に強い関心があった国芳。絵の描かれた西洋の書籍や新聞を買い集めていたという逸話が残っています。そして、それらを自分が絵を描く時の参考にしているのですが、単にそのまま模倣するのではなく、同じ画面の中に典型的な浮世絵美人を登場させてしまうあたり、小さなことにこだわらず面白さを重視する、国芳の豪快な性格を感じさせます。

さて「近江の国の勇婦於兼」は、どのような状況を描いているのかを説明しておきましょう。

お兼(お金)とは、鎌倉時代、近江国の海津にいたという、怪力で知られた伝説上の遊女です。ある日、暴れ馬が走り回っていたところ、そのそばをたまたま通りかかりました。お兼はまったく動じることなく、馬の手綱を足駄で踏みつけ、軽々と馬の動きを止めてしまいます。(『古今著聞集』)

足元をよく見ると、ご覧のとおり。高い歯の下駄を履いているにもかかわらず、手綱を見事にとめています。

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舞台は滋賀県。となると、お兼が異世界に紛れ込んでしまったというのは誤った表現でした。お兼以外の馬や風景の方が、異世界風のタッチに変換されてしまっているのです。

ただ、お兼が暴れ馬を片足で止めたという話を聞くと、かなりのチート能力者のようです。もしお兼が本当に異世界に転生してしまっても、心配なさそうです(笑)。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

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