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浮世絵版画の彫師のスゴ技を計測してみた。

浮世絵版画は、絵師がすべての作業を行なうのではなく、絵を板に彫る彫師と、紙に絵を摺る摺師との協同作業によって、はじめて完成します。

とくに彫師には、緻密なテクニックが必要です。浮世絵版画は凸版、すなわち、紙に絵具を摺りたい部分を残して板を彫る構造になっています。たとえば、一本の直線を摺りたいのであれば、その直線の部分を残して、直線の両脇を彫らないといけません。絵師の描く線よりも、彫師はさらに細かく線を彫る必要があるのです。

彫師の技量がもっとも問われるのが、人間の髪の毛、特に生え際です。彫りの作業は何人かで分担するのですが、髪の毛を彫る「毛割(けわり)」という作業は、彫師の中でも特に技術が優れた者にしかできない、難しい作業でした。

そこで、浮世絵版画の彫師たちのテクニックがいかにすごいのか、髪の毛の生え際を拡大してご紹介しましょう。

まずは、喜多川歌麿の「五人美人愛敬競 兵庫屋花妻」。手紙を読んでいる花魁の花妻の顔をアップで描いた大首絵です。寛政7~8年(1795~96)頃の作。

194喜多川歌麿1

それでは、髪の毛の生え際をアップで見てみましょう。

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1ミリの間に2~3本くらいの線があるのがお判りでしょうか。先ほども述べましたように、彫師は、髪の毛の線の部分を残し、その両側を彫る必要がありますので、0.1ミリ単位で作業をしなければなりません。

ちなみに、下絵の段階では、髪の毛の細い線は描かれておらず、大体のあたりがあるだけでした。彫師は自分で生え際をどう表現するか、考えながら彫っていたのです。

さて、彫師の技術は、幕末に近づくにつれてさらに進化していきます。こちらは、歌川国貞「東海道五十三次之内 白須賀 猫塚」。嘉永5年(1852)の制作です。

1553.137歌川国貞(三代豊国)1

全体図を見ているとよく分かりませんが、拡大図を見てみましょう。髪の毛の線の細さに驚かされます。

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やはり、1ミリの間に2~3本の線があります。しかも歌麿の作品よりもすごいのは、その細い髪の毛が長いということです。

1553.137歌川国貞(三代豊国)2

実はこの作業を行なった彫師、名前が分かっています。小泉巳之吉。通称「彫巳の(ほりみの)」です。この時、なんとまだ18歳。石井研堂の『錦絵の彫と摺』には、「彫巳の」の一歳年下の彫師から聞いた、以下のような証言があります。

役者東海道五十三次(豊国筆)の白須賀の猫婆を彫つたのは、巳の、十八の時だつた、あの猫婆の長い髪の毛が、ちやんと毛筋が通り、本はこまかで末広がり、しかもフワリとして一本も乱れて居ない手際、あの百枚余りの続き絵の中、第一等の出来で、当時大に評判されたものだつた

このように彫師の技術が上達していったことが一つの要因だったのでしょう。浮世絵版画の中に彫師の名前が記載されることは稀だったのですが、嘉永年間(1848~54)以降になると、絵師や版元と並んで、彫師の名前も記載されることが増えてくるようになりました。「彫巳の」の名前も、ご覧の通り。

1553.137歌川国貞(三代豊国)3

「彫巳の」の作品の中には、線の細さだけでいえば、さらに細かいものもあります。同じく歌川国貞の「東海道五十三次の内」のうち「原 呉服屋重兵衛」です。嘉永5年(1852)の制作です。

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この男性の髪の生え際を見てみましょう。幅が短い上に、ほとんど直線ですので、前の作品に比べれば彫りやすかったのだとは思います。しかし、それでもこの細さ!

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物差しの目盛りの方が太くて、計測しづらいのですが、これまでご紹介した作品よりもさらに細く、1ミリの幅の中に最大4本の線が入っているところがあります。おそらく1ミリの中に4本というのは最高記録ではないでしょうか。「彫巳の」のスゴ技に驚かされます。

最後に、明治時代の浮世絵版画をご紹介しましょう。月岡芳年の「風俗三十二相 いたさう 寛政年間女郎の風俗」です。腕に彫物をしている花魁が痛そうにしている姿。明治21年(1888)の作です。

023 5402月岡芳年1

やはり注目すべきは髪の毛の生え際。

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浮世絵版画が衰退に向かいつつあった明治時代半ば頃の作品ですが、彫師の技術はまったく衰えている気配はありません。

さらに眼の表現にもご注目。まつ毛が丁寧に彫られており、花魁の目線が、彫師の力によって、より艶めかしいものとなっています。

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ちなみにこの作品の彫師も名前が記されています。和田勇次郎、通称「彫勇」です。芳年の作品を数多く手がけています。

023 5402月岡芳年13

皆さんも浮世絵版画を鑑賞する際、彫師のテクニックをぜひ注意深く観察してみてください。また、幕末・明治の浮世絵でしたら、彫師の名前が絵の中にないか探してみてください。

参考文献:石井研堂『錦絵の彫と摺』芸艸堂、昭和4年初版。

参考画像:

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)


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