猫のお蕎麦屋さんをレポートしてみた
猫が経営する、猫のためのお蕎麦屋さん。猫好きなら一度は行ってみたい、そんな素敵なお店が、浮世絵の世界にはあります。
四代歌川国政が描いた「しん板猫のそばや」です。明治6年(1873)の作。今回は、このお店を皆様にご案内いたします。
※美術館では現在、展示はしておりません。
まずは、下の方にある入り口から見てみましょう。
看板には、人間の世界のお蕎麦屋さんでもお馴染みの「きそば」の文字が。障子に書かれている文字は「泡美」。お店の名前でしょうか。猫の食事入れとして用いられていた、アワビの貝殻からきているのでしょう。
右端には、お母さんに背負われた小さな子猫。「お母さん蕎麦食べたい」とおねだりしています。
店から出てきた男性の店員は、これから出前に出発するようです。「いそがしい晩だ」とぼやいています。手に持っている提灯には「あわび」の文字が。
お蕎麦屋さんの入り口のすぐ脇には、天ぷらの屋台。蕎麦屋の客を狙ってでしょうか。「ぎんぼう(ギンポ)を揚げてくんねえ」と客が注文。ギンポとはドジョウのような魚のことで、天ぷらにすると最高の食材と言われています。
ではいよいよ、お店の中に入ってみましょう。
現代のお蕎麦屋さんのように、机や椅子はありません。皆、畳の上に座って蕎麦を食べています。
いきなりアクシデント発生!店員が蕎麦をひっくり返して、お客の頭と足にかけてしまいました。店員「これはそそう(粗相)」と謝りますが、お客の猫は「たいへん、たいへん」とは言うものの、ちょっとのん気な感じ。
こちらは親子連れ。「たんとお食べ」と母親が子どもに食べさせようとしますが、子どもは「坊はもういや」とお腹一杯のようです。左端には「はきもの御用心」の注意書き。確かに脱いだ履物を間違えそうなお店ですね。
こちらは男性の一人客たち。一番上の男性は「代わりをおくれ」と店員に声をかけているようです。後ろには「あわび茶」と書かれた茶箱が。ちなみに、猫がアワビを食べると耳が落ちるという言い伝えがあるように、猫にアワビを食べさせるのはよくありません。
こちらはちょっとガラの悪い客。足を組んで、「早くしてくんねへ」と店員に文句をたれています。
店員さんも見てみましょう。こちらは帳簿をつけている女性。おかみさんでしょうか。「もり かけ 八十文」と、当時の蕎麦の値段が分かります。
こちらの店員は、薬味となる大根をすり下ろしています。
さて、蕎麦を打っている厨房の方にも、お邪魔してみましょう。
こちらは蕎麦を打つ蕎麦職人たち。
麺棒を使って蕎麦を伸ばす蕎麦職人。左の猫は腕を組んで突っ立っています。蕎麦粉を踏んでいるのでしょうか。ただ、うどんでしたら足で踏みますが、蕎麦粉の場合、今では足で踏むということはほとんどないようです。この猫、あまり踏んでいるようにも見えません。ただ「忙しい」とは口にはしているので、仕事をしてるはず。はたして…。
こちらは蕎麦の出汁を作っています。
こちらは蕎麦を茹でているところ。女中さんがお椀を準備しています。
さて、この絵の中で不思議な猫が1匹だけいます。皆さん、お気づきでしょうか?
人間の体をしていない、本物の猫がいるのです。猫の世界の中のリアル猫。はたしてどのような存在なのでしょうか。
以上、猫のお蕎麦屋さんをレポートしてみました。お蕎麦の味までお伝えしたかったのですが、筆者は蕎麦アレルギーのため、食べることができません。あしからずご了承ください。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)
筆者が刊行した書籍。猫のお蕎麦屋さんも掲載されています。
猫よりも鳥が好きな方は、こちらの記事をどうぞ。