【オンライン展覧会】月岡芳年 月百姿
太田記念美術館にて、2024年4月3日~5月26日開催の「月岡芳年 月百姿」展のオンライン展覧会です。
note上では、画像をクリックすると、より大きなサイズでご覧いただけますので、美術館で実物をご覧いただくような感覚でお楽しみいただけます。
オンライン展覧会の入館料は1,800円です。無料公開の下にある「記事を購入する」をクリックしてご購入ください。一度記事をご購入されると無期限でご覧いただけます。いつでも、どこでも、お好きな時に「月岡芳年 月百姿」展をご鑑賞いただけます。
展示作品リストはこちら→http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/wp-content/uploads/2024/04/tsukihyakushi-list.pdf
はじめに
第1章 月と暮らし
月岡芳年「月百姿 神事残月 旧山王祭」御届明治19年(1886)6月5日 ※前期
描かれるのは江戸時代の山王祭。隔年6月15日に行われた山王権現(現在の日枝神社)の祭礼で、祭りの際には江戸城への入城が許可され、将軍の上覧もあったことから、庶民たちは躍起になって華美を競い合いました。図に描かれる山車には加茂能人形が乗っており、御幣(ごへい)を掲げる先には残月が空に浮かんでいます。祭りが始まった朝の光景を描いた一作です。
月岡芳年「月百姿 四條納凉」御届明治18年(1885)12月 ※前期
京都・四条河原で納涼する美人を描いた一作。川床に座り、手拭を左肩に掛け、左手で裾を上げながら片足を川に浸しています。髪を簪、笄、櫛で飾っており、髷先をやや高くしているのは上方のヘアスタイルの特徴です。赤の襦袢の上に着る浴衣には波千鳥の模様があしらわれており、夏の季節に合った涼しさを感じさせます。
月岡芳年「月百姿 廓の月」御届明治19年(1886)3月 ※前期
吉原遊郭を描いた一作。毎年3月(旧暦)になると、メインストリートである仲の町の通りには桜が移植され、訪れる人々を楽しませていました。図では、夜桜が舞い散るなか、満月と行灯の明りに照らされている花魁と禿の姿が、幻想的に表現されています。
月岡芳年「つきの百姿 たのしみは夕顔だなのゆふ涼男はててら女はふたのして」明治23年(1890)10月印刷・出版 ※前期
夏の夜、月見をする夫婦が描かれます。夕顔棚の元に敷かれた筵には、鉄瓶と猪口が置かれており、晩酌を楽しんでいるのでしょう。男性は右手に団扇を持ち、月を見上げて女性に語りかけます。女性は幼児を抱え、乳をあげながら、男の話に耳を傾けています。題名に「男はててら女はふたのして」とありますが、「ててら」は褌、「ふたの」は腰巻のことを指します。
月岡芳年「月百姿 猿楽月」明治24年(1891)1月15日印刷・明治25年(1892)4月出版 ※前期
猿楽とは、江戸時代以前の能楽の呼称。本作では長裃を着た男性の監視下、町入能に急ぐ町人たちが描かれます。町入能は将軍家の慶事に際して行われ、江戸城に招待された町人たちに能鑑賞の機会を与えた催事。公演は雨天でも決行されたことから、天気に関わらず傘が配られました。人々は裃に正装し、能の舞台を見られることに胸を躍らせながら走り出しています。
月岡芳年「月百姿 調布里の月」明治24年(1891)6月印刷・出版 ※後期
古来、和歌に詠まれてきた調布の玉川(現在の多摩川)を題材とした作。清流とされた調布の玉川に布を晒すと、生地は柔らかくなり、布の輝きは増したと伝わります。本作では朝廷に献上する白布を川に浸し、臼に入れて木槌で叩き、広げて干す様子が描かれます。特定の人物ではなく、市井の人々と、その生活風景が幻想的に表現されています。
月岡芳年「月百姿 名月や畳の上に松の影 其角」御届明治18年(1885)10月 ※後期
江戸時代前期の俳人である宝井其角の一句を題材とした作。月明かりに照らされて畳の上に映る松の影の風情が詠まれています。図では、松の影が画面右下に描かれ、団扇を持つ女性は横たわりながら、その影を見つめています。画面右奥、床の間にある掛け軸には松が描かれていますが、女性の関心は自然が描いた松の影に向いています。
月岡芳年「月百姿 烟中月」御届明治19年(1886)2月 ※後期
市中で頻発した火事に対処するため、武家による定火消や大名火消のほか、町民によって組織された町火消が江戸の各地に配置されました。図に描かれるのは、「い組」の町火消で、纏持ちという役職の人物。纏持ちとは、纏を掲げることによって消火活動の目印となる役職で、火消の花形に当たります。荒々しく揺れる炎に対し、泰然自若とした火消を描くことで、火炎の勢いがより一層際立って表現されています。
月岡芳年「つき百姿 盆の月」御届明治20年(1887)1月6日 ※後期
盆踊りを描いた作。盂蘭盆会に当たる陰暦7月13日から16日の間に催された盆踊りにおいて、老若男女は先祖を供養するため、夜通しで音曲に身を投じました。図では、男女5人の躍る姿が様々な角度から描かれ、人物は画面右下から左上へと律動的に配置されています。また他作とは異なる柔らかな線描も相まって、音頭が聞こえてくるかのようなリズミカルな画面が実現されています。
月岡芳年「つき百姿 しばゐまちの暁月」御届明治19年(1886) ※後期
明け方の芝居町、つまり猿若町に取材した作。日に照らされて浮かぶ箱型の影は、芝居櫓のもので、さらに画面下部には町を往来する人々の影が描かれます。中央に描かれる女性は笄髷を結い、下唇が緑色であるのは19世紀前期に流行した「笹色紅」という化粧法です。懐には箱せこを入れており、それらの身なりから武家の女性であることが推測されます。贔屓の役者を見るためでしょうか、意気込んで正装しています。
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