鳥人たちの喧嘩を観戦してみた
先日Twitterにて紹介したこちらの作品。頭がツバメ、体が人間の鳥人ですが、その表情はプロ野球・東京ヤクルトスワローズのマスコットキャラクター、つば九郎をなぜか思い出してしまいます。
この作品の全体はご覧の通り。歌川芳藤(よしふじ)という絵師による、「廓通色々青楼全盛」という作品です。慶応3年(1867)作。
画像が小さくてちょっと見づらいかもしれませんが、ツバメだけでなく、いろいろな種類の鳥人たちがいます。さらには普通の姿をした人たち。今回はこの歌川芳藤の「廓通色々青楼全盛」をクローズアップして、この不思議な世界をじっくりと解説いたします。
まずは画面の中央に注目しましょう。左の黒いカラスと右の白いサギが大喧嘩を始めたようで、他の鳥たちが必死に彼らを取り押さえようとしています。
カラス(烏)とサギ(鷺)といえば、「烏鷺(うろ)」という言葉が「黒と白」を意味するように、対の存在として語られる鳥たちです。日本美術の中でも「烏鷺図」というテーマが描かれることはしばしば。また、「烏鷺の争い」といえば、囲碁の勝負のことを指します。
こちらはカラスのアップ。両手を上にあげ、興奮が止まりません。片肌が脱げ、黒い腹掛けと両腕の彫物が見えています。おそらく、鳶職(とびしょく)、あるいは火消でしょう。
いずれにしろ血気盛んな性格が多かったといいますので、こんな喧嘩はしょっちゅうだったのでしょう。抑えようとするタカも一苦労です。
こちらはサギのアップ。その風貌から察するに、カラスと同じ、鳶か火消のようです。職場の友人たち同士が喧嘩に発展したのでしょうか。燭台を振り回し始めたようで、ちょっと危険な状態です。ハトもガンも必死で止めています。
おそらく奥の座敷で宴会が行なわれている最中に喧嘩となったのでしょう。そこから廊下に飛び出してきたというような状況で、周囲の被害も相当です。廊下にはひっくり返った大きな台。もともと座敷にあったのでしょうが、部屋の外まで飛び出しました。その上に載っていた料理も散乱。高級な磁器の器も割れてしまっています。
お頭つきの鯛の大皿料理も、空中を舞っています。鯛も驚いているような表情。
さらにこの喧嘩の様子を見守る鳥たちがいます。まず、画面の左側にいるのは、つば九郎のご先祖様(笑)。手前にいるのはカワセミです。いずれも黒い腹掛、腕には彫物があることから、カラスやサギの同僚なのでしょう。
注目していただきたいのが、ツバメの上腕二頭筋のたくましさ。かなり筋骨隆々です。ちょっとぼーっとした表情ですが、いざとなったら頼りになりそうです。
カワセミの着ている浴衣は将棋の駒の模様。喧嘩がこれ以上ひどくなるようなら、すぐにでも飛び出してやろうという心構えが感じられます。
画面の右側に目を移してみましょう。左がワシ、右がキジです。この2羽も彫物をしているのが袖から見えますので、やはり同僚でしょう。こちらは、大きな声を出して、喧嘩をあおっているように見えます。
さて、この作品、舞台がどこであるのかをまだ説明しておりませんでした。場所は吉原遊廓の妓楼。2階建ての建物の中です。
この作品の題名は「廓通色々青楼全盛」であることは先に記しましたが、実は読み方は漢字と全く違っていて、「あそびはとりどり かごのにぎわひ」と振り仮名があります。遊廓での遊び方は色とりどり、そして、遊郭は鳥カゴのようなものというつながりから、さまざまな鳥たちを描くことを思い付いたと推測されます。
さて、妓楼で働いている人たちからしてみると、廊下で喧嘩をされることは大迷惑です。
一番近くにいたのが、花魁に仕える女の子である禿(かむろ)。巻き込まれないように、慌てて逃げ出しています。この禿は鳥の頭をしておらず、普通の人間の姿です。
面白いのは、「みとり」という文字が添えられているところ。おそらくこの大喧嘩を傍で見ていたからでしょう。鳥には名前がありませんが、人間たちには「○○とり」と、鳥の名前が付けられているのです。
階段付近で喧嘩を見守っている花魁たち。彼女たちも普通の人間の姿をしています。
この女性は「つまをとり」。着物の褄(つま)を取って歩いているからでしょう。
右の花魁は「まはしをとり」。回しを取るとは、遊女がかけもちで2人以上の客の相手をすること。左の花魁は「客とり」。客を迎えることです。
奥の座敷でも、喧嘩を見守る鳥人と花魁が。ウグイスの後ろにいる左の花魁は「ぬくめ鳥」。鷹が冬の夜に小鳥を捕まえて足を温める「温め鳥」にちなみ、このウグイスを温めるのでしょう。スズメの後ろにいる右の花魁は「夜なき鳥」。意味はご想像にお任せします。ちなみに、奥の座敷では、代金を払えずに拘束されている「居のこり」の鳥人がいます。
さて、鳥人たちの喧嘩に全く関心を示さず、マイペースな客たちもいます。
こちらは、奥の立派な座敷で宴会中のツルとニワトリ。宴席を盛り上げる太鼓持ちたちは「鳥もち」。鳥人たちにお酌をする花魁や芸者は「しゃく鳥」。遊廓で働く人たちは、男女問わず、人間の姿をしています。
左端の座敷にいるのはフクロウ。花魁がなかなかやって来ないので、妓楼の男性に文句を言っているようです。この男性は「とこをとり」。布団を敷く仕事をするようです。フクロウからしてみると、肝心の花魁が来なければ、布団だけ敷かれててもしょうがないといったところでしょうか。
以上、吉原遊廓での鳥人たちの様子を紹介しました。歌川芳藤は、子ども向けのおもちゃ絵を得意とした浮世絵師。吉原遊廓という大人の世界を描いていますが、子どもたちも楽しめそうな、ユーモラスな世界になっています。
芳藤の師匠がである歌川国芳や、芳藤の同門である落合芳幾が描いた鳥人たちの世界もご覧下さい。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)