酒井抱一の扇 4選
太田記念美術館の収蔵品には、900本以上の扇が含まれています。これらは大坂の豪商、鴻池家の旧蔵品であり、江戸時代後期の画家の作品を中心としたものです。小画面ながら、さまざまな画家の筆の冴えを楽しむことができ、最も身近な美術品としても親しまれた扇。今回は、そのなかでも江戸琳派の代表的な画人、酒井抱一の作品から4点をご紹介いたします。
酒井抱一について
まずは酒井抱一(1761~1828)がどういった画家であったかにも触れておきましょう。抱一は、姫路藩主第16代・酒井忠以(ただざね、号宗雅)の弟として江戸に生まれました。諸芸に親しみ、37歳のときに出家すると、以後は風雅な隠遁生活を送ります。絵ははじめ歌川豊春に師事。兄のサロンでは狩野派や南蘋派にも触れ、のちに尾形光琳・乾山へ私淑。江戸ならではの俳諧的叙情性をたたえた、のちに「江戸琳派」と称される画派を築きました。代表作のひとつ、東京国立博物館が所蔵する「夏秋草図屏風」のファンという方も多いのではないでしょうか。
当時から名声の高かった抱一。その人気ぶりは、抱一の在世時に描かれた浮世絵、歌川国貞「江戸自慢 仲の町燈籠」(1818~20頃、太田記念美術館)では、遊女が抱一デザインの蝙蝠の団扇を持つことからもうかがわれます。
① 秋夜月図
秋の夜空を紺碧で表す、シンプルながらも大胆な構図と配色が印象的。画像ではわかりにくいのですが、月の部分には和紙に金泥がはかれており、柔らかな光をまとわせる繊細な手法もみられます。印章「抱弌」(朱文方印)、「文詮」(朱文瓢箪印)の鮮やかな朱色もとても効果的。画中に記されているのは、抱一と交流のあった国学者・歌人の賀茂季鷹(かものすえたか)による「類なき光を四方にしき島や 日本嶋根の秋夜月」。
②月図
①「秋夜月図」と似た構図ですが、印象は大きく異なる本扇。月の部分には銀箔が貼られ、ほかは素地となっています。扇の折によって光る様子が異なり、月明かりの微妙な翳りも感じさせます。
画面左に隷書体で記されるのは、中国北宋の蘇軾が詠んだ「後赤壁賦」の一節「月白風清、此良夜如何」(つきしろくかぜきよし このりょうやをいかんせん)。清々しい秋風のなか月が美しく輝く、そんな夜を思わせてくれる1本となっています。ちなみにこの扇、背面にも、表面と同じ場所に月が銀箔で表されています。
一見シンプルながら、洒脱な1点といえるでしょう。
③源氏物語図
『源氏物語』を絵画化した扇。物語中、光源氏が朧月夜と出会う「花宴」の場面と考えられています。御簾(みす)の内では、兄である東宮に輿入れする予定の女性とも知らずに、光源氏が朧月夜に詰め寄っています。
画面左では、松の緑や水流の深い青に満開の桜の花が映える、春爛漫の庭の情景が描かれ華やかです。なお金の砂子は後世に施されたもののようです。
そして驚くべきことに、扇自体、小さなものですがその中に調度品を精緻に描きこんでいます。
朧月夜の背後の襖に描かれるのは、雪の降るなか、紅梅の咲く水辺で見つめ合うつがいの鴛鴦(おしどり)。扇形にそった全体の構図にも破綻がなく、また細部への描き込みも緻密で、抱一の画技の高さも教えてくれる1点です。
④風神図・雷神図
天駆ける風神と雷神、2本で1対となる扇面です。
琳派の風神、雷神といえば、俵屋宗達「風神雷神図屏風」(国宝、2曲1双、建仁寺蔵)https://www.kyohaku.go.jp/jp/syuzou/meihin/kinsei/item10.html
そして尾形光琳「風神雷神図屏風」が有名でしょう。
冒頭でみた抱一「夏秋草図屏風」は、当初は光琳「風神雷神図屏風」の背面に描かれていました(現在は保存のため別に表装)。さらに抱一自身も「風神雷神図屏風」(2曲1双、出光美術館)を制作しているなど、抱一にとってこの画題は大変重要なものであったといえます。宗達や光琳は金の大画面のなかに二神の姿を堂々と描き出しましたが、では抱一の扇面はどうでしょうか。まずは風神から。
風神は淡い彩色で軽妙に描かれます。周囲の雲は墨の滲みをいかして表し、下部での筆使いは素早く、画面にスピード感を与えています。
宗達や光琳の風神と比べると線を省略している点もありますが、その筆運びには無駄がありません。
雷神も、周囲の雲は滲みをいかして、雷神の姿は軽妙な筆使いで表されています。細かな点ですが、肩にかける天衣は、宗達や光琳は裏も緑としていましたがここでは赤としており、これも画面に明るさ、軽やかさを添えています。
飄逸な表情も大きな魅力。
抱一は確かな画技をもって、小画面にふさわしい軽妙洒脱な風神と雷神を描き出しているのです。
その画業のなかで多彩な絵画作品を生み出した抱一ですが、扇面においても多様な表現を取り入れ、洗練させた作品を手掛けていたことが感じられるのではないでしょうか。
文:赤木美智(太田記念美術館主幹学芸員)
動物デザインの扇についてはこちらをご覧ください。
※また扇については一部が過去に開催された大阪市立美術館「鴻池コレクション扇絵名品展」(2010年)、サントリー美術館「扇の国、日本」(2018年)において紹介されています。
https://ocmfa.official.ec/items/34149276
https://smaonline.suntory.co.jp/shopdetail/000000000062/
新型コロナの影響で入館者数が大幅に減少しております。これからも美術館の運営を続けていくため、ご支援のほど、よろしくお願いいたします。