河鍋暁斎がカエル好きだったという話
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河鍋暁斎がカエル好きだったという話

河鍋暁斎の肉筆画や版画には、さまざまなカエルたちが登場します。絵本というジャンルに目を向けてみても、こちらのように本物そっくりのリアルなカエルから、

こちらのような、人間さながらのユーモラスな動きをするカエルまで。

いずれもカエルの特徴をしっかりと捉えているだけでなく、暁斎のカエルに対する愛着が感じられます。今回は、暁斎がカエル好きだったというエピソードについてご紹介します。

そもそも暁斎がカエルを好きだったのは、幼い頃からのようです。

『暁斎画談 外篇』上巻の冒頭には、こんなエピソードが紹介されています。物心がつく前から絵を描くことが大好きだった暁斎。3歳の時、母の故郷である館林の村に向かう途中、お供の男性がカエルを捕まえ、暁斎にあげました。

こちらは『暁斎画談』で、暁斎自身が描いた挿絵。供の男からカエルをもらって喜んでいる幼き自分の姿を描いています。

この喜びよう。暁斎にとってお菓子よりもカエルをもらえることの方が嬉しかったようです。

暁斎はもらったカエルを菓子袋の中に入れた後、ゆで卵に小笹の枝をさしてカエルの形を作り、供の男たちに褒められました。

そして、屋敷につくと、暁斎は菓子袋の中にあった菓子を投げ捨て、菓子袋にカエルのスケッチを描きました。これが暁斎にとって「写生の始め」であったというのです。

師三才の春母に誘はれ母の郷里なる上州館林の在青柳村に住す館林藩に田口七左衛門の方に到らんとして母と共に駕籠に乗りて往く供の男師の慰みにとて蛙を捕えて見す師是を菓子袋に入て菓子と共に傍に置き供に請て小笹の枝を採らせ前に貰ひて持たる茹鶏卵を出し小笹の枝を長短に折りて鶏卵に差し是を手足と做して蛙の形に作りたれば供の男また駕籠を舁たる者ら手を拍て是は出かしたり放せば飛も為すべきぞとて誉奨せしも理になん斯て青柳村の田口氏へ着せしに師は座敷の隅へ往き菓子袋の菓子を投すて供の持たる矢立を借て彼の蛙を菓子袋へ写生なせしが写生の始めなりしとなん
ー瓜生政和著・河鍋暁斎画『暁斎画談 外篇』岩本俊、明治20年(1887)

この『暁斎画談』は、明治20年(1887)、暁斎が亡くなる2年前に刊行された絵本で、暁斎の幼い時からの絵師としての歩みがまとめられています。文章は戯作者の瓜生政和(梅亭金鵞)が執筆しましたが、挿絵は暁斎自身によるものです。伝記の冒頭にカエルのエピソードを持ってきたのは、暁斎にとって、カエルをスケッチしたことが絵師としての第一歩だったという気持ちが強かったからでしょう。

『暁斎画談』の図版は早稲田大学図書館古典籍総合データベースをご参照ください。

『暁斎画談』の概要については、定村来人「明治の画譜『暁斎画談』―近世絵本文化からの連続と、新しい時代における展開」『浮世絵芸術』166号、2013年をご参照ください。

ちなみに、写生は、暁斎にとって絵を描くための基礎中の基礎でした。幼い子供たちに絵を教えるにあたっても、まずはしっかりと写生をさせています。

こちらは『暁斎画談 外篇』の「暁斎氏門人へ写生を教るの図」の部分図。弟子がガラスケースに入ったカエルを熱心に観察しながら、スケッチしようとしています。おそらく暁斎も、幼い時からこのように何度も何度もカエルをスケッチし続けてきたのでしょう。

こんな熱心なカエルの観察があってこそ、暁斎のカエルの絵に生き生きとした生命力が与えられるのです。『暁斎漫画』に描かれたヘビに襲われるカエルや、トカゲを襲うカエルの絵も、写生の成果といえるでしょう。

さて、暁斎がカエル好きであったことを伝えるもう一つのエピソードとして、暁斎のお墓があります。

こちらは東京都台東区谷中4丁目の瑞輪寺にある暁斎のお墓。墓石がちょっと変わった形をしていますが、じっと見ていると、何かの形に見えてきませんか?

そう、カエルです。

飯島虚心の『河鍋暁斎翁伝』によれば、病に臥せっていた暁斎が、庭の石を蝦蟇の形に刻んで墓石とするよう、家族に遺言したそうです。しかし、実際に使われている墓石はもともと蝦蟇の形をした自然石なので、暁斎が遺言したのとは別の石とされています。

 野口氏曰く、絵画叢誌載する所、翁、始め病に臥す時、其の自づから起つべからざることを知り、庭前の石を指し、家人に告げて曰く、予死なば、彼の石をもて一蝦蟇を刻み、之を墳上に置くべし。別に碑石を建つることなかれ。これ又何の為なることを知らざれども、顧ふに、翁が画に入るの初めは蛙を写せしによる。然らば即ち、蛙は蝦蟇に類せるを以て、終りをおもひ、其の始をしるさんと欲するの意ならんかと。或いは然らん。
 按に、翁が墓標の蝦蟇形の石は自然の蝦蟇形の石にして、彫刻せしものにあらざるなり。辻氏の曰く、この石は翁が遺言によりて墓標とせしにあらざるなり。後に門人等相議して碑石に換ふ。
ー飯島半十郎著・二階堂充校訂・河鍋楠美監修『河鍋暁斎翁伝』河鍋暁斎記念美術館、平成24年(2012)。

3歳の頃にカエルを写生することから絵師としての人生が始まった暁斎。その人生の締めくくりもまたカエルであったのです。

それでは最後に、人間さながらのユーモラスなカエルたちをいくつかご紹介しましょう。これらのカエルたちは、太田記念美術館にて2021年10月29日~12月19日開催の「河鍋暁斎ー躍動する絵本」展にてご覧いただけます。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

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