武田信玄の家臣のみなさんに、甲冑の着方を教えてもらいました。
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武田信玄の家臣のみなさんに、甲冑の着方を教えてもらいました。


歌川貞秀の「武田勇士揃」。武田信玄の家臣たち17名がずらりと並んだ、大判6枚続の浮世絵ですが、右から順番にたどっていくと、甲冑の着方が分かる、珍しい趣向になっています。そこで、武田信玄の家臣のみなさんに協力していただき、甲冑の着方を教えてもらいましょう。(あくまでこの絵に基づいて説明します)

①「下着(したぎ)」。ふんどしを付けた後、下着を着て、帯を締めます。モデルは「小山田備中守」こと小山田虎満。

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②「下袴(したばかま)」。小袴とも呼ばれる七分丈の袴を穿きます。モデルは「板垣駿河守」こと板垣信方。

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③「脚伴(きゃはん)」。足袋を履いた後、すねに脚絆を着けます。モデルは「佐奈田源太左エ門」こと真田信綱。

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④「草鞋(わらじ)」。草鞋を履きます。モデルは「原能登守」。

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⑤「臑当(すねあて)」。すねを守るための臑当をつけます。モデルは「飯富兵部」こと飯富虎昌。

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⑥「佩盾(はいだて)」。太ももを守るための佩楯を腰に着けます。モデルは「山本勘助晴幸」こと山本勘助。

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⑦「决拾(ゆがけ)」。ゆがけと呼ばれる手袋のようなものを手に着けます。モデルは「穴山伊豆守」こと穴山信君。

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⑧「臂罩(こて)」。腕を守るための籠手をつけます。この籠手は左右の腕がつながっている指貫籠手。モデルは「高坂弾正忠」こと高坂昌信。

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⑨「饅頭輪(まんじゅうわ)」。首、肩、脇を守る小具足を着けています。「満智羅(まんちら)」の方が一般的な呼び名です。モデルは「甘利備前守」こと甘利虎泰。

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⑩「甲(よろい)」。ここで胴を着けます。モデルは「諸角豊後守」こと室住虎光。

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⑪「表帯(うわおび)」。腰に帯を巻きます。モデルは「馬場美濃守」こと馬場信春。

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⑫「袖(そで)」。腕を守るための袖を着けます。モデルは「横田備中守」こと横田高松。

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⑬「鉢巻(はちまき)」。兜を被る前に、頭に鉢巻を巻きます。モデルは「山縣三郎兵衛」こと山県昌景。

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⑭「面頬(めんぼう)」。顔を守るための面頬を着けます。モデルは「小幡織部正」。

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⑮「冑(かぶと)」。最後に、頭を守るための兜を被ります。モデルは「今福善九郎」。

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⑯「六具全図(りくぐのまったきず)」。完成しました!旗指物も背負っています。モデルは「武田左馬介」こと武田信繁。

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⑰同じく「六具全図」。こちらも完成です!槍を携え、いつでも出陣できます。モデルは「武田逍遥軒」こと武田信廉。

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最後に勢揃い。甲冑を着けるだけでこれだけの手間暇がかかります。大変ですね。武田家の家臣のみなさま、ありがとうございました。

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【参考動画】東京国立博物館で公開中の動画「日本のよろい、そのしくみ」も合わせてご覧になると、よろいの仕組みがより一層分かります。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)


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