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歌川広重の雲がとても色鮮やかという話

雲がどんな色をしているかと聞かれれば、誰しもまずは「白」と答えることでしょう。江戸時代の浮世絵に描かれた雲を見ても、やはりその多くは白い色をしています。

しかしながら、実際の雲は光の屈折や散乱などによって、白以外の鮮やかな色を見せてくれることがあります。江戸時代の浮世絵師、歌川広重が描いた雲を丹念に見てみると、白だけではなく、赤や黄、緑や青など、鮮やかな色をした雲を発見することができます。今回は、歌川広重が描いた色鮮やかな雲の浮世絵をご紹介しましょう。

まずは「名所江戸百景 市ヶ谷八幡」。江戸城の外堀から市ヶ谷八幡宮(現在の市谷亀岡八幡宮)を眺めていますが、画面を横切るように雲が水平にたなびいています。雲の中心部は白色(和紙の地色)ですが、一部が赤や黄、赤紫になっています。

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この雲、現実的な形をしていません。日本の絵画では古くから用いられている「すやり霞」と呼ばれるものです。雲の先端を丸くし、赤や黄などで彩ることで、画面全体を華やかに装飾する効果をもたらしています。

こちらの「江戸名所 霞かせき」でもすやり霞が用いられています。赤や黄色だけでなく、緑色も見られます。緑色は雲の色として用いられることは少ないので、珍しいと言えるでしょう。

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浮世絵における雲は、画面を華やかにすると同時に、景色を省略する役割もありました。こちらの「名所江戸百景 する賀てふ」。手前にある三井越後屋という呉服商(現在の三越)と、遠くに見える富士山との間に、分厚い雲が漂っています。中間にあるはずの景色を大胆に省略してしまうという省エネなテクニック。この雲、下の方は黄色、上の方は青紫っぽく、さらにその上の空はピンク色になっており、かなり大胆な配色と言えるでしょう。

4402 歌川広重

以上紹介した雲は、黒い輪郭線ではっきりとかたどられていましたが、浮世絵らしく「ぼかし」のテクニックを駆使した雲もあります。こちらは「名所江戸百景 墨田河橋場の渡かわら竈」。浅草寺の北、現在の東京都台東区今戸にあった今戸焼の窯場を手前に、隅田川とその対岸の景色を眺めています。空にご注目ください。

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輪郭線のない青い雲と黄色い雲がうっすらと水平にたなびいています。これは摺師が、力加減を絶妙に調整しながら、絵具を上手にぼかして摺ったもの。摺師のテクニックがあってこそ、この霞のような雲がたなびく感じが表現されています。

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対岸の緑の中をよく見てみると、桜の花が満開になっていますので、季節は春です。青や黄色の雲は、春のうららかな光を表現しているのでしょう。

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もう一つ輪郭線のない雲を見てみましょう。「名所江戸百景 鎧の渡し 小網町」。土蔵が立ち並ぶ日本橋川の景色です。空には燕たちが飛んでいますが、その奥には黄色い色をした雲が広がっています。手前の女性は日傘をさしていますので、黄色い雲は初夏の季節の強い日差しを表現しているようです。

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最後にご紹介するのは、広重の浮世絵の中でも大変にきらびやかな雲です。琵琶湖を見下ろした「近江八景 堅田落雁」です。山間にたなびいている紫や橙の雲も鮮やかですが、ここでは画面上部の雲に注目してみましょう。

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雲の中をよく見てみましょう。上は赤、下は紫になっており、これだけでも華やかですが、中央には黄色い四角や点が配されています。

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これは絵画や工芸品における、金箔を小さく切って散らした、切箔や截金、砂子といった技法を模倣しています。この浮世絵で実際に金が用いられているわけではありませんが、広重としては金のように輝かせたかったのでしょう。雲を装飾として用いる日本美術の伝統が広重にも受け継がれていることが分かります。

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以上、広重の浮世絵に描かれた鮮やかな色の雲を紹介しました。もしかしたら広重は、実際の雲の色の変化を普段からしっかりと観察していたのかもしれません。あまり注目されず、見落とされがちな浮世絵の雲ですが、ぜひ広重の風景画を鑑賞する際には、雲がどんな色をしているかチェックしてみてください。

さて、太田記念美術館では、浮世絵に描かれた天候にスポットを当てた「江戸の天気」展を、2021年6月26日(土)~8月29日(日)に開催しました。現在はオンライン展覧会としてご覧いただけますので、江戸の天気にご興味のある方はご利用ください。ただし、今回ご紹介した作品は、展覧会に出品しないものも含んでおりますので、ご注意ください。

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文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

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