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葛飾北斎の誕生日はどうやって判明したのかというお話

葛飾北斎の誕生日は、宝暦10年9月23日。現在のグレゴリウス暦に直すと、1760年10月31日とされています。しかし、浮世絵師の誕生日というのは、実は、はっきりしていないケースがほとんどです。

例えば、「東海道五拾三次之内」で知られる歌川広重は、寛政9年(1797)に生まれましたが、何月何日に生まれたかは分かっていません。また、鈴木春信や喜多川歌麿は、生まれた年さえもはっきりしておらず、推定にしか過ぎません。

生まれた年であれば、浮世絵師が自分の作品の中に記した年齢や、亡くなった時の年齢などから、逆算して導き出すことが可能です。しかし、誕生日となると、それをちゃんと記録した資料がなかなか見つからないのです。江戸時代は数え年。年齢は、誰もがお正月を迎えるごとに1歳増えるというシステムでした。誕生日の重要性は、現代よりも低かったのかもしれません。

さて、北斎に話を戻しましょう。なぜ北斎の誕生日は9月23日と分かっているのか?

その根拠となるのが、こちらの作品です。

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北斎研究の先駆者である楢崎宗重氏が執筆した『北斎論』(アトリヱ社)。昭和19年(1944)という時期にも関わらず、北斎の画業を詳細に検証した重要な学術書です。この本の中に掲載された、「大黒天図」が、北斎の誕生日を確定する貴重なカギとなります。その落款を拡大したのが、下の図。

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(上の図版はいずれも楢崎宗重『北斎論』(アトリヱ社)より転載)

ここには、「天保十五年甲辰年子月甲子ノ朔日子刻 宝暦十庚申年九月甲子ノ出生 画狂老人卍筆 齢八十五歳」と記されています。
すなわち、この「大黒天図」は、天保15年(1844)11月1日、北斎が画狂老人卍と名乗っていた85歳の時に描かれたことが分かります。そしてさらに、北斎は「宝暦10年9月甲子」に生まれたと、自ら記しているのです。

では、「9月甲子」とはいつの日を指すのでしょうか?年の干支は現在でも使われていますので、皆さんも馴染みがあるでしょうが(ちなみに2020年の干支は庚子です)、実は、月や日にもそれぞれ干支が割り当てられています。

宝暦10年9月の中で、干支が甲子になっている日は、いつか?
それを知るために、『江戸近世暦』(日外アソシエーツ、2018年)という資料を使って確認してみましょう。この本では、江戸時代の年月日の干支が全て網羅されています。

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これによれば、宝暦10年9月で甲子の日は23日。すなわち、北斎の誕生日が、宝暦10年9月23日であると判明するのです。
ちなみに、その前後の甲子の日を確認しておくと、7月22日と11月24日になります。

実は、葛飾北斎の「大黒天図」、現在は行方不明になってしまっており、どこにあるか分かりません。もし再び発見されたら、大変貴重なのですが…。
また、この「大黒天図」以外に、北斎の誕生日を裏付けるような資料は見つかっていません。そもそも「大黒天図」も粗い写真しか残っていない以上、本当に間違いない資料と断言していいのか…。
北斎の誕生日を補足するような、あるいは、それを否定するような新しい資料がこれから見つかると面白いですね。

関連書籍

葛飾北斎の画業や人物像について紹介した書籍を刊行しました。ぜひご覧ください。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)


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原宿にある浮世絵を専門とした美術館です。浮世絵ならびに展覧会に関する情報をお伝えします。画像は表記がないものは太田記念美術館所蔵です。HPは http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/、twitterはhttps://twitter.com/ukiyoeota

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