源博雅と鬼の笛の話
月岡芳年の晩年の代表作、「月百姿」。その1図である「朱雀門の月 博雅三位」では、満月が輝く夜、2人の男性が向かい合って笛を吹く様子が描かれています。
こちらに背中を向けている男性は、平安時代に管絃の名手として知られた源博雅(918~980)。朱雀門の鬼と言葉を交わすことなく笛を吹き合い、互いの笛を交換したという逸話を題材にしています。
このエピソードは、夢枕獏氏の小説『陰陽師』飛天ノ巻「源博雅堀川橋にて妖しの女と出逢うこと」でも取り上げられていますが、その小説を漫画化した岡野玲子氏の『陰陽師』6巻「源博雅 朱雀門の前に遊びて鬼の笛を得ること」でご記憶されている方も多いかと思います。
今回は、芳年の「月百姿」で描かれた、源博雅と朱雀門の鬼の話についてご紹介しましょう。
この逸話が記されているのは、鎌倉時代中期の説話集である『十訓抄』に収められた「博雅の三位と鬼の笛」です。
博雅の三位(はくがのさんみ)こと源博雅(みなもとのひろまさ)が、月の明るい夜、朱雀門の前で笛を吹いていた際、同じように笛を吹いている男性に出会います。博雅は誰だろうと思いますが、その笛の音はこの世のものとは思えないほど素晴らしいものでした。博雅と謎の男性は互いに何も語ることなく、月夜のたびに笛を一緒に吹くことが何度も続きました。
ある晩、博雅は謎の男性と笛を交換して吹いてみます。すると、この世にまたとない素晴らしい笛であることが分かります。その後も月夜の晩になると、2人は一緒に笛を吹いていました。
芳年が描いているのは、博雅が謎の男性と言葉を交わすことなく笛を吹き合っているという場面です。背中を向けている男性が源博雅。
一方、こちらに顔を向けているのが謎の男性です。岡野玲子氏の漫画『陰陽師』では美しい少年の姿で描かれていましたが、芳年は眉毛や髭の濃い、いかつい男性の姿をしています。
月の輝く静かな夜、二人が吹く笛の音だけが美しく響き渡る様子。実は芳年よりも前に、葛飾北斎も同じ場面を描いています。『北斎漫画』5編です。
博雅が背中を向けて謎の男性と向き合うという構図がよく似ています。もしかしたら芳年は北斎の『北斎漫画』を参考にしていたのかも知れません。
謎の男の顔もご覧の通り、ちょっと似ています。
ただし、橘守国『絵本鴬宿梅』巻一でも、この場面は、博雅を背後から捉えた構図で描かれているため(岩切友里子『芳年月百姿』東京堂出版、2010年)、芳年が北斎以外の画像を典拠にした可能性も考えられます。
さて、この後、博雅と謎の男性はどうなったのでしょうか。『十訓抄』を読み進めてみましょう。
博雅は謎の男性から笛を返せと言われなかったので、お互いの笛を交換したままになっていました。やがて博雅が亡くなった後、浄蔵という笛の名人がこの笛を朱雀門で吹きます。すると、朱雀門の楼上から「やはりその笛は逸物であるな」との声が聞こえます。そこで、その笛の持ち主が朱雀門の鬼であったことが分かるのです。この笛には赤と青の葉が2つあったので「葉二(はふたつ)」と名付けられ、天下第一の笛となりました。
芳年は、2人の笛の名手が言葉を交わすことなく笛を吹き合うという静謐な場面を見事に描きました。博雅はいい漢ですね。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)
この作品はオンライン展覧会「月岡芳年ー血と妖艶 第3章 闇」でも紹介しています。
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