江戸時代の星空を眺めてみた
浮世絵に描かれた夜の風景。空を見てみると、月が輝いていることは多いのですが、星を見かけることはあまりありません。そんな中、あえていろいろな浮世絵師たちが描いた星の浮世絵を探してみました。北斎、広重、国芳など、5点の星空をご紹介いたします。
①北尾政美(鍬形蕙斎)「浮絵東都中洲夕涼之景」
場所は、隅田川の中洲。新大橋よりやや下流の位置です。この絵が描かれた天明年間(1781~89)頃には、埋め立てが行なわれており、料亭が並ぶ繁華街としてにぎわっていました。夜空を眺めてみましょう。
べったりとした墨一色に摺られた夜空。北尾政美は、白い点で星を表現しています。星は画面全体にまんべんなく散らばっており、星座のような配置は意識されていないようです。また、明るさや大きさの違いも感じられません。
ちなみに、夜空に広がる謎の赤い曲線は、花火。隅田川に浮かぶ船に乗る男性が手に持っている筒から打ち上げた「流星」という種類です。
②葛飾北斎「仮名手本忠臣蔵 十段目」
歌舞伎で有名な「仮名手本忠臣蔵」の十段目の場面。赤穂義士の武具が入った長持を必死に守ろうとする天河屋義平ですが、ここでは夜空に目を向けましょう。
先の政美と同様、夜空は平面的な墨一色。北斎は月の周りに星を描いているのですが、よく見ると、星によって微妙に大きさが異なっており、明るさの違いを表現しているかのようです。また、政美のように、画面にまんべんなく散らすのではなく、天の川を思われるような帯状に配置しています。
ちなみに、月の形は26日頃の有明月。明け方に昇る月ですので、大勢の人が行き交っているこの絵の時間帯には合わないような…。
③歌川広重「名所江戸百景 永代橋佃しま」
歌川広重の最晩年の代表作「名所江戸百景」の夜景には、いくつか星が描かれていますが、その中からこちらの作品をピックアップ。隅田川に架かる永代橋から佃島を望んでいます。水平線のあたりの空が赤くなっていますので、日が沈んで間もない時間のようです。
広重は、政美や北斎のように夜空を真っ黒にはせず、ぼかしの技法を用いることで、夜空にグラデーションを出しています。また、星の大きさはほとんど同じですが、画面全体に散らすのではなく、ある程度の固まりで配置しています。実際の星の位置を意識していたのでしょうか。
④歌川国芳「東都名所 両国柳ばし」
芸者と供の者が夜道を歩いていたところ、野良犬に遭遇したという場面です。この絵はあまり星が目立ちませんが、じっくり見ると、国芳ならではの工夫が認められます。
こちらが夜空のアップ。灰色の帯状の雲が広がっていますが、その上と下とで、星の色が異なっているのにお気づきでしょうか。
こちらは画面の上の方。灰色の夜空に、白い点で表現された星が輝いています。全体に無造作に散らしたような配置となっています。
一方、雲の下の方を見てみると、星の色が黄色になっています。浮世絵では、星を白で表現するのが一般的で、国芳のように黄色で表現した例はほとんど見かけることはありません。
しかも、同じ作品の中で星の色を変えているのは、大変に珍しい例です。地面に近い明るい空と、はるか上空の暗い空とで、星の輝きを描き分けようとしたのでしょう。
⑤歌川広景「江戸名所道戯尽 三十六 浅草駒形堂」
最後にご紹介するのは、歌川広重の門人とされる歌川広景の作品です。男たちが夜中に餅つきをしている場面も楽しそうですが、やはり夜空を見上げてみましょう。
画面全体に無造作に星が散らばっていますが、面白いのはその形。単なる丸い形だけではなく、丸から放射状に線が伸び、中には星印のような形になっているものもあります。星の光の瞬きを表現しているのでしょう。
江戸時代の星空、いかがだったでしょうか。浮世絵にはあまり登場しない星ですが、浮世絵師によってその表現はさまざまに工夫が凝らされているのです。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)