太田記念美術館がこれまで監修した書籍16冊+αをご紹介します。
太田記念美術館では、2015年から、日本全国どこにいる方たちへも浮世絵の魅力が届けられるよう、出版社さんと協力して書籍を制作してきました。出版社から刊行することによって、全国の本屋さん、あるいはAmazonなどのネット通販で気軽に購入することができるようになります。
最初の書籍を刊行してから早6年。気が付きましたら、その冊数は16冊になりました。他の美術館さんと比べても、かなり多い冊数ではないかと思っております。
そこで改めて、太田記念美術館がこれまで刊行してきた書籍について、制作に関するちょっとした裏話も交えながら、ご紹介いたします。気になる書籍がありましたら、お手に取ってもらえると嬉しいです。
■浮世絵の入門におススメの4冊
『ようこそ浮世絵の世界へ 英訳付』(東京美術、2015年7月)
『ニッポンの浮世絵』(小学館、2020年9月)
『浮世絵動物園』(小学館、2021年5月)
『かわいい浮世絵』(東京美術、2016年12月)
まず、記念すべき、太田記念美術館が初めて監修した書籍が、『ようこそ浮世絵の世界へ 英訳付』です。①絵師に出会う(主要浮世絵師6名を紹介)、②主題を楽しむ(富士山、雪月花、衣食住、男と女、動物など)、③技に迫る、という3つのコーナーからなる本書。
特色は何といっても、日本語の解説にすべて英訳が付いているところ。外国からのお客様も多い太田記念美術館。英語で書かれた浮世絵の入門書がないかと探していましたが、だったらいっそ自分たちで作ろうということになり、作ってみました。アダチ版画研究所さんにもご協力いただき、浮世絵版画の彫りや摺りのテクニックを丁寧に解説しているところもポイントです。浮世絵とはどういうものなのか、外国の方へお伝えしたい時に便利です。
入門におススメの2冊目は『ニッポンの浮世絵』。浮世絵に描かれた、日本のイメージを紹介する内容です。
富士山、桜、雨や雪といった自然の景色から、花魁、力士、役者といったさまざまな職業、さらに、グルメやお風呂、花火といった暮らしの楽しみまで、江戸の文化が盛りだくさん。浮世絵らしい浮世絵が約180点、ギュッと一冊にまとまっています。読み口も軽めにしていますので、好きなところから気軽に読めます。
入門におススメの3冊目は『浮世絵動物園』。浮世絵に描かれた動物たちを紹介する内容で、先の『ニッポンの浮世絵』の姉妹本です。
①江戸の町は動物だらけ、②動物のもつ美と力、③動物エンターテインメント、④物語のなかの動物たち、という構成。リアルな動物の描写から、キャラクター化した動物たち、さらには動物と人とのつながりなど、さまざまな切り口で浮世絵の動物たちを紹介しています。動物たちを切り抜いた画像も多く、見ているだけでも楽しい仕上がりです。
入門におススメの最後は『かわいい浮世絵』。東京美術さんからは「かわいいシリーズ」という書籍が出ておりまして、琳派、絵巻、妖怪画、印象派、などといったラインナップの中で出たのがこちら。①かわいい生きもの大集合、②かわいいデザイン尽くしの2本立てになっています。
魅力は何といっても、かわいい&面白い動物たちが大集合しているところ。Twitterでも人気の高い、猫のお蕎麦屋さんも見やすく掲載しています。動物好きなら絶対に楽しめる一冊。小さなお子さんへのプレゼントへも最適です。
■エッジの効いた切り口の4冊
『江戸の悪』(青幻舎、2016年6月)
『怖い浮世絵』(青幻舎、2016年8月)
『江戸の女装と男装』(青幻舎、2018年3月)
『戦争と浮世絵』(洋泉社、2016年8月)
太田記念美術館では、これまでの浮世絵の展覧会にはなかった、エッジの効いた切り口の展覧会を定期的に開催するように心掛けています。中でも、こちらの予想を越えて評判がよかったのが、2015年6月に開催された「江戸の悪」展。浮世絵に描かれたさまざまな悪人たちが大集合しました。
通常、展覧会に関する書籍を出版する際、売り上げを考慮して、開催と同時に刊行するのが一般的です。しかし、こちらの『江戸の悪』は、展覧会が終わった後、ぜひ書籍にしたいというオファーを青幻舎さんから受けて制作に至ったという、学芸員冥利につきる書籍です。
悪人度を5段階評価でつけているのが、悪人への親しみやすさ?をアップさせるポイントさになっています。文庫本という小型のサイズで、デザインもオシャレです。
エッジの効いた切り口の書籍、2冊目は『怖い浮世絵』。先ほどの『江戸の悪』と同じ文庫本サイズです。①幽霊、②化け物、③血みどろ絵の3本立て。太田記念美術館の展覧会でも人気の高い、幽霊や妖怪たちが大集合しています。
巻末には、俳優の佐野史郎さんと、お化け屋敷プロデューサーの五味弘文さんをゲストに、太田記念美術館の学芸員と「怖さ」について語った座談会も収録されています。
エッジの効いた切り口、3冊目は『江戸の女装と男装』。インパクトのあるタイトルですが、江戸時代には、芸者の女性がお祭りで男装して出し物を演じたり、歌舞伎役者の男性が女性の役を演じるなど、異性装の文化がありました。また、浮世絵には、歴史や物語の登場人物の性別を入れ替え、今風の人物にした「やつし絵」や「見立絵」といった趣向もあります。
『三国志』で劉備、関羽、張飛が孔明の家を訪れるという有名な「三顧の礼」の場面も、当世風の女性たちの姿に置き換えられています。
エッジの効いた切り口、最後は『戦争と浮世絵』。太平洋戦争が終結して70年の節目となる2015年に開催した「浮世絵の戦争画」展。浮世絵の戦争画はあまり研究が進んでいない上、日清戦争や日露戦争という、当時の国際状況を考えると、扱いづらいテーマを含んでいましたが、取り上げるべき必要があると決断しました。
展覧会の入場者数はほどほどでしたが、こちらも『江戸の悪』同様、展覧会が終了した後、洋泉社さんからお声がけいただきました。①幕末の動乱、②西南戦争、③日清戦争、④日露戦争の4本立て。こんな浮世絵もあるんだと驚かされます。ただし、残念なことに現在増刷されておらず、定価でのご購入ができない状況です。
■歌川広重を知るための2冊+1
『別冊太陽 広重 決定版』(平凡社、2018年8月)
『広重 名所江戸百景 HIROSHIGE'S One Hundred Famous Views of Edo』(美術出版社、2017年9月)
+『三代豊国・初代広重 双筆五十三次』(二玄社、2011年11月)
風景画の名手として高い人気を誇っている歌川広重。広重の展覧会には、いつも大勢のお客様にお越しいただいています。そんな広重の画業を1冊にまとめたのが、『別冊太陽 広重 決定版』。『別冊太陽』では、北斎や写楽、歌麿、春信など、主要な浮世絵師たちの決定版がラインナップされていますが、広重の号を太田記念美術館で監修しました。
太田記念美術館だけでなく、普段からお付き合いのある、那珂川町馬頭広重美術館さん、中山道広重美術館さん、山口県立萩美術館・浦上記念館さんといった、広重のコレクションを豊富にお持ちの美術館の学芸員の方たちにもご協力を依頼。それぞれの得意ジャンルで原稿をご執筆いただいたので、さまざまな情報が満載です。
歌川広重を知るための本、2冊目が『広重 名所江戸百景 HIROSHIGE'S One Hundred Famous Views of Edo』。広重晩年の代表作である「名所江戸百景」を、1頁に1点掲載したB5サイズの画集です。太田記念美術館が所蔵する「名所江戸百景」は、彫りと摺りの状態が素晴らしい初摺。作品の細かい所までじっくりと鑑賞できます。
巻末には全点の作品解説や広重の略歴を掲載。すべての日本語を英訳したバイリンガル版になっていますので、英語圏の方にもお楽しみいただけます。
歌川広重を知るための本、プラスの1冊が、『三代豊国・初代広重 双筆五十三次』。「謎解き浮世絵叢書」シリーズのうちの1冊です。監修は町田市立国際版画美術館さんなのですが、執筆は弊館学芸員の渡邉晃が担当。「双筆五十三次」という、三代豊国(国貞)が人物、広重が風景を担当したコラボ作品について、全点詳細に解説しています。展覧会でもあまり紹介されることのないシリーズですので、広重の知られざる作品に出会えます。
■月岡芳年を知るための2冊+2
『月岡芳年 妖怪百物語』(青幻舎、2017年)
『月岡芳年 月百姿』(青幻舎、2017年)
+『月岡芳年 風俗三十二相』(二玄社、2011年)
+『国芳VS芳年』(敬文舎、2019年)
幕末・明治に活躍した月岡芳年。近年さらに注目が集まっている浮世絵師で、2020年8~9月、太田記念美術館でも「月岡芳年ー血と妖艶」展を開催しました。芳年が描いた妖怪の浮世絵を一冊にまとめたのが、こちらの『月岡芳年 妖怪百物語』。
「和漢百物語」「新形三十六怪撰」という、芳年の妖怪画のシリーズ物を全点収録しているのはもちろん、他の妖怪画も含め、全102点を掲載。妖怪が好きな方にはおススメです。
月岡芳年を知るための2冊目は『月岡芳年 月百姿』。先の『月岡芳年 妖怪百物語』とセットになったデザインです。芳年の最晩年の傑作である「月百姿」を全点収録。
①麗しき女性たち、②妖怪・幽霊・神仏、③勇ましき男性たち、④風雅・郷愁・悲哀といったように、「月百姿」の内容によって全体を分類。描かれているストーリーを詳しく知りたいという人にもおススメです。
月岡芳年を知るためのプラスアルファの2冊として、まずは、町田市立国際版画美術館さんが監修した『月岡芳年 風俗三十二相』。執筆は太田記念美術館学芸員の日野原健司が担当しています。芳年晩年の美人画の代表作である「風俗三十二相」。全点の図版を掲載の上、それぞれに時代背景を含めた詳細な解説を付け加えています。
月岡芳年を知るためのプラスのもう1冊が『国芳VS芳年』。敬文舎さんから刊行されている「くらべてわかる」シリーズの1冊。太田記念美術館学芸員の日野原健司が執筆しています。国芳と芳年、全部で28のテーマで対決。武者絵や動物、人物、自然現象といったジャンルから、国芳と芳年の作品を対決させています。猫や妖怪、幽霊といったオーソドックスな対決から、刺青、老婆、色気といった異色の対決まで盛りだくさん。
■知られざる絵師を知るための4冊
『歌川国貞 これぞ江戸の粋』(東京美術、2016年)
『ヘンな浮世絵 歌川広景のお笑い江戸名所』(平凡社、2017年)
『小原古邨 花咲き鳥歌う紙上の楽園』(東京美術、2019年)
『没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画』(芸艸堂、2021年)
知られざる浮世絵師の展覧会を開催するのも、太田記念美術館の重要な職務の一つ。マイナーな浮世絵師で書籍を制作することは難しいのですが、思いがけず話題になることもありました。
まず1冊目は、知られざる絵師に含めるのは心苦しいのですが、『歌川国貞 これぞ江戸の粋』。歌川国貞は、現在の知名度はあまり高くないのですが、実は江戸時代、葛飾北斎や歌川広重より人気が高かった絵師でした。制作した作品点数も、歴代の浮世絵師の中でナンバーワン。
江戸の暮らしを生き生きと描いた美人画や、迫力満点の役者絵など、さすがナンバーワンの人気絵師だけあって、見応え抜群です。特に上の写真のように、背景を大胆な斜めのストライプにしたり、文字が詰まった本にしたりと、大胆なデザインも見どころ。国貞の魅力を大勢の人に知ってほしいと願って執筆した書籍です。
知られざる絵師の2冊目は『ヘンな浮世絵 歌川広景のお笑い江戸名所』。おそらく浮世絵の研究者でもほとんど知る人のいない、歌川広景という超マイナーな絵師。この人の代表作は「江戸名所道戯尽」という、江戸の名所を背景に、江戸っ子たちのバカバカしい日常を描いた揃物です。近年、たまたま全50点を入手しまして、これを紹介しようと展覧会を開催。人々が転んだり、慌てたりするユーモラスな作風が受けて、スマッシュヒットとなりました。
それがきっかけとなり、後日、書籍として出版されることになりました。こんなマイナーな作品が一冊の本になるなんてという、感慨深い本です。上の写真の雪だるまのように、Twitterで話題になった作品も多数含まれています。
知られざる絵師、3冊目は『小原古邨 花咲き鳥歌う紙上の楽園』。明治から昭和にかけて、花鳥画を得意とした絵師なのですが、2019年2月に展覧会を開催すると計画した時点では、まったく無名の存在でした。
しかし、不思議なもので、太田記念美術館とは全く関係なく、中外産業株式会社・原安三郎コレクションさんでも、ほぼ同時期に小原古邨の展覧会を企画。2018年9月に茅ヶ崎市美術館で展覧会が開催されました。Eテレの日曜美術館で特集されたことがきっかけで、一気に話題が沸騰。半年後の太田記念美術館の展覧会も、開館以来歴代2番目となる入館者となりました。無名の絵師を、別々の美術館で独自に企画するという偶然は、なかなかありえません。しかもそれが話題になったということは、大変に嬉しいことです。
知られざる絵師、最後の4冊目は『没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画』。大正から昭和にかけて活躍した新版画の絵師です。新版画の絵師と言えば、川瀬巴水が有名ですが、笠松紫浪も巴水に劣らない、穏やかな味わいのある風景画を描いています。巴水の陰に隠れてしまっているのは非常にもったいないと思い、没後30年という節目に合わせて紹介しました。
笠松紫浪の師匠は鏑木清方。師匠筋をさかのぼれば、水野利方、月岡芳年、歌川国芳、歌川豊国と、浮世絵の系譜に連なっていることが分かります。大正、昭和に浮世絵の流れはどうなったかを考える意味でも、紫浪を含めた新版画の絵師は今後もっと注目されるべき存在と言えます。
■(番外編)葛飾北斎を知るための2冊
『ようこそ北斎の世界へ 英訳付』(東京美術、2020年)
『北斎 富嶽三十六景』(岩波書店、2019年)
最後に、番外編として、太田記念美術館の監修ではありませんが、太田記念美術館学芸員の日野原健司が執筆した、葛飾北斎に関する書籍を2冊ご紹介します。
まずは、『ようこそ北斎の世界へ 英訳付』。一番最初に紹介した『ようこそ浮世絵の世界へ 英訳付』の姉妹本です。①北斎の画業、②北斎の人物像、③北斎と人、④北斎と旅といった構成。日本語の文章は全て英訳を付けています。
この本でのこだわりは、北斎の作品はもちろんですが、人物像や交流関係にも迫ったところ。北斎は、引っ越し魔だったとか、お金にこだわりがなかったとか、いろいろな逸話がありますが、その典拠も検証しながら、分かりやすくまとめました。
もう1冊は、岩波文庫から刊行された『北斎 富嶽三十六景』。岩波文庫にしては珍しく、全46点の「冨嶽三十六景」をカラーで掲載しています。図版を見開きで掲載しているため、ノドの部分が見づらいのが玉に瑕ですが、全部の作品に詳細な解説をつけ、北斎の作画意図に迫っています。
以上、太田記念美術館が監修した書籍や、学芸員が執筆した書籍をご紹介しました。コロナ禍で美術館に行くのを躊躇される方も多いかと思います。そうした時には、ぜひ、このような書籍をご覧になりながら、おうちで浮世絵をお楽しみください。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)