猫が大好き過ぎる花魁・薄雲のお話
2020年8月17日、太田記念美術館のツイッターにて、月岡芳年の「古今比売鑑 薄雲」を「猫が大好き過ぎる花魁」と紹介したところ、予想を上回るリツイートやいいねがありました。
アクセサリーである簪の飾りが猫に。
着物の柄も猫。
着物の紋も猫。
Twitterでは「仕事の最中でも可愛がるので、妓楼の主人が見かねて猫を遠ざけると、病気になって寝込んでしまうほど。」と紹介しましたが、この薄雲という花魁、元禄時代に実在しました。薄雲と猫にまつわるエピソードも『近世江都著聞集』や『烟花清談』に収録されているのです。
まずは、この浮世絵に書かれた文章を読んでみましょう。背景の文字を拡大してみると以下の通りです。くずし字を読み慣れている方には読みやすい文字かと思います。
翻刻は下の方に改めて書きますが、まずは内容を分かりやすく訳してみました。
浮世絵の文章の翻訳
「京町の猫通ひけり揚屋町」という宝井其角の秀逸な句があります。
その頃、吉原遊廓の妓楼・三浦屋のお抱えであった薄雲という遊女は、猫が大好きな性格で、部屋にいる時には膝の上に抱いており、男性客を迎えに行く花魁道中の時も、お付きの人に抱かせたり自分で抱いたりと、少しの間も猫を放しませんでした。
そのため、肩を並べる者がいない売れっ子だけれども猫に魅入られてしまったと、人々が噂します。その噂がついに三浦屋の主人の耳に入ってしまい、薄雲を戒め、可愛がっていた猫を引き離してしまいました。
その日から薄雲は、病気だと言って部屋に引きこもるばかりになってしまいます。三浦屋の主人は、大金を使って雇っている身に悪いことがあってはならないと、再び猫を薄雲に返し、好きにすることを許しました。
すると、その日から薄雲の病気も治り、客を迎えるようになりました。
人間の欲望を止めることができないのは、古代中国の杜預が『春秋左氏伝』を好んでいたのと同じようなものでしょう。
この猫は恩を感じて、自分の命を捨てて薄雲の苦難を救ったという、多くの犬と変わらない忠義を尽したという物語は、恩を仇で返す人間の顔をした化猫を戒めようと思って作った、勧善懲悪を好む人らしい寓話と言えるでしょう。
※翻訳終わり
猫は仕事にやる気を与えてくれます!
ちなみに、最後に「この猫は恩を感じて、自分の命を捨てて薄雲の苦難を救った」とありますが、これは『近世江都著聞集』や『烟花清談』に収録されたエピソードのことを述べています。それによれば、首を斬られた薄雲の愛猫が、頭だけになっても蛇に噛みついて、薄雲の命を救ったとのことです。
浮世絵の文章の翻刻
翻刻は以下の通りです。
京町の猫通ひけり揚屋町と宝晋斎が秀逸は其頃三浦の抱へなる薄雲と云遊女が情質(さが)とて猫を愛玩し部屋に有る日は膝にをき客を迎へる道中にも人に抱かせ自ら抱へ暫しも側へを放さねば全盛双びなき身にもねこのみいりしものにやと人々さゝやきあひけるをいつか三浦屋の耳に入異見を加へ愛猫を遠ざけたりしに其日より病と称して薄雲はたれこめてのみありしかば千金をもて抱へたる身に曲事あらせじと再び猫をかへしあたえ心のまゝにゆるせしかば其日よりして薄雲の病もいえて客を迎へり人の嗜欲の止めがたき杜預に左伝の癖ある類か此猫主の恩を感じ命を捨て薄雲が難を救ひ萬が犬におとらざる忠を尽せし一奇談は恩に報ふに仇をもてす人の面きた化猫を戒めんとて作りたる勧善者流の寓言なるべし
なお、この作品はオンライン展覧会「月岡芳年ー血と妖艶」第2章 妖艶でも紹介しています。
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文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)