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浅草寺のビフォーアフター~安政の大地震

太田記念美術館では2020年10月10日~11月8日に「江戸の土木」展を開催。「土木」というキーワードで、江戸の成り立ちの様子を、浮世絵を通して眺めてみようという展覧会ですが、その見どころをご紹介します。

近年、各地でさまざまな自然災害が起こり、復興への努力が続けられています。江戸時代にも、たびたび火事、地震などの災害が江戸を襲い、そのたびに都市の復興や、新しい都市計画が行われました。そして都市の復興もまた、土木と切っても切れない関係にあることは言うまでもありません。

さて、浮世絵と関わりの深い江戸の災害として、安政2年(1855)10月に江戸を襲った安政の大地震があります。家屋はもちろん、大名屋敷や旗本屋敷などの大規模な建築も被害を受け、各地で火災も発生しました。マグニチュードは6.9と推定され、町方の死者だけでも4,200余名、負傷者は2,700余名にのぼったと言われています。

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作者不詳「浅草寺大塔解釈」

安政大地震の被害の中で有名な例として、浅草寺の五重塔の損傷があります。図はその様子を描いたものです。この時代の五重塔は慶安元年(1648)に徳川家光によって建立されたものでしたが、大地震により、塔の崩壊はまぬがれたものの、上端の九輪が図のようにぐにゃりと曲がってしまいました。背景の説明文中には、「此度(このたび)の地震ハ前代未聞にして希(まれ)なる大揺(ゆり)也」という記述も見えています。

地震出火後日角力2

作者不詳「安政二年十月二日地震出火後日角力」(国立国会図書館蔵、展示には出品されません)

浅草寺の九輪の被害は人々に良く知られていたようで、上のような図も出ています。上段の見立番付には、地震で得をした人々、損をした人々が挙げられています。番付の上半分は「大まうけの方」で、材木問屋、土方、骨接ぎ、運送などの名前が見えます。下半分は「大おあいだの方(おあいだ:不要になること)」で、芝居小屋、遊廓、贅沢品、唐木細工、遊芸諸流など、芸能や嗜好品が打撃を受けたことを伝えています。

地震出火後日角力4

下半分は浅草寺の建物や仏像が擬人化されて、それぞれが地震の被害についてこぼしているというユニークな内容。五重塔はというと「とうでござへすト/すましてゐる所を/たしぬけにゆりたをすとハ/ぢしんもあんまりむごいやつだ/こつちもめんと/むかつて/くりヤア/一ぶでも/あとへハひかねへ/つもりだがたしぬけ/ゆゑ九りんがまかつたのだ」と語っています。

油断していたから急に地震が来たので、九輪が曲がってしまったとのことですね。

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歌川広重「名所江戸百景 浅草金龍山」

さて、こちらは安政の大地震があった翌年の7月に出版された歌川広重の作品。広重の代表作「名所江戸百景」の中でも、よく知られた名品ですね。

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安政の大地震で曲がったはずの九輪が、広重の絵では元通り、まっすぐになっています。『武江年表』によると、安政3年5月の項に「浅草寺五層塔婆の九輪、地震の時傾きたるを修理す」とあります。つまり、広重の浅草寺の絵が出版される直前の安政3年5月に、浅草寺の五重塔の修復が完成しているわけです。そのため、本図は浅草寺の復興に合わせて出された作品であると考えられています。

また本図でちょっと気になるのが、7月に出版されたにもかかわらず、季節外れの雪景色を描いているということです。原信田実氏(故人)はその著書『謎解き 広重「江戸百」』(集英社新書、2007)の中で、本図に見える雪景の白と浅草寺の赤の色彩が、浅草寺の復興を祝す紅白の組み合わせとなっているという説をとなえています。

ただこの説については、夏に出される団扇絵にも、広重が雪中の浅草寺を描いた例があることから、夏に「涼を呼ぶ」演出という見方もあります。(浅野秀剛監修『広重 名所江戸百景』小学館、2007、藤澤紫氏解説)

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作者不詳「鹿島恐」

さて、最後に紹介するのは「鯰絵」。江戸時代には、大鯰が地震を起こすとの迷信があり、大地震の後には、鯰を題材とした鯰絵が数多く出版されました。擬人化された鯰が登場する、ユニークな戯画風の作品が多いのが特徴で、上図も神主の格好をした鯰が、建物の上棟式で用いる幣串を手にして踊っています。

周りで楽しげに踊っているのは、大工、土方など、地震からの復興に関わる人たち。よくみると、「ゑんまのこ(閻魔の子)」も混じっており、「よなほし(世直し)よのなか よい/\/\」などと言っています。なんだか意味がよく分かりませんが、大災害も明るい笑いにかえてしまう江戸の人たちのポジティブさが印象に残りますね。

今回は、土木と切ってもきれない、災害と復興のお話でした。

文:渡邉 晃(太田記念美術館 上席学芸員)

※美術館での「江戸の土木」展の展示は終了しましたが、現在でもオンライン展覧会アーカイブズとして、同じ作品、解説を有料(800円)でお楽しみいただけます。リンク先からご入場ください。

展覧会の見どころを、テーマごとに紹介しています。その他の記事はこちらから。

2020年10月16日のニコニコ美術館にて、江戸の土木展が生中継されました。後半にはアダチ版画研究所協力により、後半には浮世絵の摺の実演もあります。ぜひご視聴ください。


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