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アニマルデザインの扇 5選

あまり知られていないかもしれませんが、太田記念美術館のコレクションには900本以上の扇が含まれてます。かつては大阪の豪商、鴻池家にあったもので鴻池家と太田家が姻戚関係にあったことから縁があり、太田記念美術館の開館に際して所蔵品となりました。多くは江戸時代後期の多様なジャンルの絵師たちの作品で、すべて版画ではなく絵師が直接絵筆をふるった肉筆画。そのため小画面ながら、それぞれの個性が発揮された多彩な筆使いを楽しむことができます。動物を描いたものも多く、今回はよりすぐりの5点をご紹介いたします。またマイナーな絵師も多いので、経歴にも簡単に触れながら見ていきましょう。

1. 以十「沢瀉に鷺」

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作者の以十は尾形光琳の孫とされますが、以十について記す文献や現存作品は少なく、不明な点も多い絵師です。

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軽妙なタッチで描かれた鷺のどこかとぼけた表情には、愛らしさが漂います。さらによく見ると墨線に金色のにじみが見えます。これは絵の具が乾く前に、他の色を垂らすことで生じるにじみを生かした手法「たらし込み」。琳派の絵師たちが得意としました。本図では随所に見られる金泥のたらし込みが、おおらかな造形にはなやぎを添えています。


2.諸葛監「文鳥図」(しょかつ・かん/清水静斎)

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諸葛監は、中国・清の画家、沈南蘋の影響をうけた南蘋派の1人。諸葛という画姓は、清の画家である諸葛普の作風を慕ったことによるものです。特徴は、細部を緻密に描き込む画風。

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本図でも毛描きに緻密な描写が披露されます。ですが、文鳥ののほほんとした表情、顔をかくような仕草にはなんとも味わい深い風情があり、なごみます。


3.森狙仙「猿に蝶図」

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森狙仙は、大坂で活躍した絵師。円山応挙に通じる写実的な描写を得意としました。とりわけ猿の絵が得意で、「猿の狙仙」と称されたほど。

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飛ぶモンキチョウをじっと見つめる猿。毛がとても丁寧に描かれ、ふわふわの質感だけでなく猿の体の量感、立体感も表されています。猿は蝶を捕まえたいのでしょう、少し右手が上がっていて、わずかに緊張感も漂います。


4.司馬江漢「蝶図」

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司馬江漢は、狩野派に学んだ後、鈴木春信の弟子となり、さらに南蘋派の宋紫石に入門。しかし次第に西洋画へ傾倒し日本で初めて腐食銅版画の制作に成功しています。異色の経歴が目を引く江漢ですが、本図では、黒揚羽とシジミ蝶、蟻を緻密な描写で描きます。

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絵の具が重ねられた黒揚羽。少し重い印象になっているのですが、毛も描くなど、江漢が蝶を細やかに観察しリアルな表現を目指したことが伝わってきます。西洋画法に通じた江漢らしい1点です。


5.喜多武清「兎の餅つき/月に雁」

704喜多武清.表裏

喜多武清は谷文晁に入門し画を学んだ絵師。花鳥画、人物画を得意とし、読本挿絵も手がけました。本図では、月を題材に、表裏で異なる動物を描きます。

704喜多武清

ススキの奥に見える大きな金色の月。そこでは杵を抱えた兎が、応援したくなる健気さで懸命に餅をついています。

704喜多武清.2

兎の輪郭線は一部にしかありませんが、胡粉(白の絵具)を巧みに用いてモコモコとした毛並みや、体の立体感が出されています。背景の金が透けているのも、兎の体に量感が与えられる一因でしょう。

704裏喜多武清

もう片面は金の月と銀の空との対比が美しい一面。今まさに雁が月を横切ろうとする瞬間をとらえます。

704裏喜多武清.2

雁は水墨技法を用いて描かれ、墨の濃淡や筆の動きを生かして、その姿が軽やかに表されます。背後の金や銀が透ける様も洒脱。

704喜多武清.表裏

秋の月夜にピッタリの1本。きらめく扇を手に空を見上げるもの風流ですし、表裏で違う絵を楽しめるのも心にくいですね。


最も身近な美術品として人々に愛されてきた扇。以上の作品からは、小さな画面に動物を描くにも、絵師たちが得意とする手法を存分に披露したことが見えてきます。

文:赤木美智(太田記念美術館主幹学芸員)


※扇については一部が過去に開催された大阪市立美術館「鴻池コレクション扇絵名品展」(2010年)、サントリー美術館「扇の国、日本」(2018年)において紹介されています。

※「アニマルデザインの団扇絵 5選」はこちら

※「酒井抱一の扇 4選」はこちら



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