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【オンライン展覧会】深掘り!浮世絵の見方

太田記念美術館にて、2023年12月1日~12月24日開催の「深掘り!浮世絵の見方」展のオンライン展覧会です。

note上では、画像をクリックすると、より大きなサイズでご覧いただけますので、美術館で実物をご覧いただくような感覚でお楽しみいただけます。
オンライン展覧会の入館料は1,000円です。無料公開の下にある「記事を購入する」をクリックしてご購入ください。一度記事をご購入されると無期限でご覧いただけます。いつでも、どこでも、お好きな時に「深掘り!浮世絵の見方」展をご鑑賞いただけます。

展示作品リストはこちら→http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/wp-content/uploads/2023/12/fukabori-list.pdf


はじめに

浮世絵を鑑賞する際、皆さんはどのような点に注目するでしょうか?
浮世絵の多くは木版画として作られていますので、浮世絵師の筆づかいはもちろん重要ですが、木の板を彫る彫師や、紙に絵具を摺る摺師たちの卓越したテクニックを知っておくと、作品をより深く堪能することができます。また、作品の保存状態や、絵の中に記されている文字など、制作の裏側が見えてくる鑑賞の「ツボ」がいくつもあります。
本展では、まずは押さえておきたい初歩的な知識から、浮世絵マニア向けのディープな視点まで、さまざまな浮世絵の見方を深掘りします。浮世絵の多彩な楽しみ方を体感してください。

第1章 深掘り!グレート・ウェーブ

「グレート・ウェーブ」の愛称で世界的に知られている葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。激しい波の動きを捉えた北斎の観察眼はもちろん、木の板を彫る彫師や絵具を紙に摺る摺師たちのテクニック、さらには「ベロ藍」という鮮やかな青い絵具の使用など、浮世絵を鑑賞する上での見どころがいくつも詰まっています。まずは、誰もが知っている名品、北斎のグレート・ウェーブを深掘りすることで、浮世絵の魅力を探っていきましょう。

■波の形を深掘り
北斎のグレート・ウェーブで最も目を惹くのは、勢いのある大きな波の描写でしょう。しかし、北斎の作品以外にも、浮世絵にはさまざまな波が描かれています。北斎の波の描写の特徴はいったいどこにあるのでしょうか?他の浮世絵師たちによる波とも比較しながら、その魅力を深掘りしてみましょう。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」天保元~2年頃(c.1830-31)

北斎の波は、まるでハイスピードカメラで撮影したようであるとしばしば表現されます。しかし、左上の波は崩れ落ちそうなのに対し、左下の海面はこれからせり上がろうとしています。北斎は波を写実的に描こうとしたのではなく、さまざまな波の動きを巧みに組み合わせることで、本物らしい波の動きを演出しようとしています。

歌川豊春「浮絵熊野浦鯨突之図」安永頃(c.1772-81)

北斎よりも前の時代に活躍した歌川豊春の波です。海で鯨漁をしている場面で、左下に潮を吹く巨大な鯨の姿が見えます。鯨の周りに激しい波飛沫が立っていますが、北斎の波頭は襲いかかる爪のような形をしているのに対し、豊春の波頭は丸い円を描くような形になっています。

昇亭北寿「勢州二見ヶ浦」文化元~6年頃(c.1804-09)

北斎の門人である昇亭北寿の波です。北斎のグレート・ウェーブよりも早い時期に制作されました。海岸に寄せてくる波のため、北斎のような巨大な波ではりません。北斎が藍色の帯状の形で波のせり上がる動きを捉えているのに対し、北寿は、黒色の線と灰色の線という2種類の線で波の動きを表現しています。

歌川国芳「高祖御一代略図 佐州流刑角田波題目」天保中期(c.1835-39)

北斎よりも下の世代となる歌川国芳の波です。おそらく国芳は北斎のグレート・ウェーブを念頭に置きながら、この作品を手掛けたのでしょう。波に翻弄される船の様子や藍色の使い方に、北斎からの影響を感じさせます。一方、海面が波飛沫を立てずに下から盛り上がってくる様子など、北斎とは異なる波の捉え方をしている点も見受けられます。

歌川国芳「百人一首之内 源重之」天保後期(c.1837-44)

こちらも歌川国芳の作品です。強い風によって岩が波に打ち付けられている様子を描いています。波飛沫はいろいろな方向に飛び散り、その激しい動きがより一層強調されています。

月岡芳年「俊寛僧都於鬼界嶋遇々康頼之赦免羨慕帰都之図」明治19年(1886)

歌川国芳の門人である月岡芳年の作品です。岩にぶつかる波が画面の下半分を占めています。江戸時代の浮世絵であれば、波の線はある程度一定の太さにするところを、強弱のある芳年の筆遣いをそのままに再現している点が特徴です。時にはかすれるような線の動きが、波の荒々しさを一層際立たせます。

■版木を深掘り
浮世絵版画は山桜の板を用いることが一般的ですが、北斎のグレート・ウェーブを摺った版木は、今では現存していません。版木は、絵が摺られなくなると、別の絵が彫られることが一般的で、使わない板木をいつまでも保管しておくことがなかったからです。1つの色に1枚の版木を使うのが基本ですが、離れた場所の色は版木1枚にまとめるなどして、貴重な板木が最低限で済むように工夫されています。

主版 画像提供:アダチ版画研究所
色版 画像提供:アダチ版画研究所

■色を深掘り
北斎のグレート・ウェーブはわずか8つの色を摺り重ねることによって完成します。まず輪郭線を摺ります。この輪郭線は墨色で摺るのが普通ですが、この作品の場合、藍色(本藍)で摺ることによって、波の色が暗く沈まないように工夫しています。その後、1色ずつ、輪郭線からはみ出さないようにぴったりと色を重ねていきます。当然のことながら、この作業には摺師の熟練した技術が必要です。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 本所立川」天保2~4年頃(c.1831-33)

「冨嶽三十六景」は全部で46点制作されましたが、一挙に全点が刊行されたのではなく、いくつかのグルーブに分けて順次刊行されていきました。北斎のグレート・ウェーブでは輪郭線が藍色で摺られている点が特徴でしたが、「冨嶽三十六景」のうち最後に刊行された10点に限り、輪郭線が墨色になっています。輪郭線の色をチェックすることで、どのタイミングで刊行されたかが推定できるのです。

輪郭線が墨色
輪郭線が藍色

■ベロ藍を深掘り
北斎のグレート・ウェーブで印象深いものとして、波の色に用いられている鮮やかな「ベロ藍」も見逃すことはできません。ベロ藍とは、18世紀初頭、プロイセン王国の首都ベルリンで人工的に作られた合成顔料のことです。ベルリン藍がなまり、ベロ藍と呼ばれました。19世紀になると大量に輸入されて値段が安くなり、浮世絵版画にも用いられるようになります。ベロ藍の魅力を深掘りしてみましょう。

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