浮世絵に記された文字を解読してみた
浮世絵版画には、いろいろな文字が書き込まれています。たとえば、こちらの歌川国貞「二十四好今様美人 甘い物好」を見てみますと、画面のいたる所に文字が散らばっています。
読める文字もある一方で、不思議な形をした謎の記号も。
実は、これらの文字、浮世絵が制作された背景を知るための重要な手がかりなのです。今回は、浮世絵に描かれた文字の秘密に迫ってみましょう。
①題名
右上にある赤い長方形は、作品の題名です。「二十四好今様美人」(「十」は五の文字を2つ並べています)というシリーズ名が記されています。
孝行に優れた中国の24人の人物を「二十四孝」といいますが、その「孝」を「好」ともじり、芝居好き、酒好き、祭り好きなど、いろいろなものが好きな女性たち24人=「二十四好」を集めたシリーズとなっています。
注目は振り仮名。「二十四好今様美人」という題名は、そのまま「にじゅうしこう いまようびじん」と読んでしまいそうですが、よく見ると「にぢうしこう とうじのはなもの」と振り仮名が振ってあります。「今様」で「とうじ」、「美人」で「はなもの」と読むのです。現在ではちょっと想像のつかない読み方ですね。
②コマ絵
画面左上にある正方形の枠を「コマ絵」と呼んでいます。メインとなる絵の鑑賞を補足する役割を果たしています。一番右の文字は「甘い物好」。24点ある「二十四好今様美人」の中で、甘いお菓子が好きな女性を題材としていることを示しています。美味しそうにお菓子を食べていますね。
さらにコマ絵のくずし字を読んでみましょう。
「あまいくちはに ついのせられて くらひこんだる さくらもち」。リズム感のある端唄になっています。
くずし字の下には、「本家 さくらもち 大こくや」という札を貼った籠が。桜餅といえば、向島にある長命寺の門前で売られていた桜餅が、江戸時代にはとても有名でした。甘いものと言えば、長命寺の桜餅というイメージがあったのでしょう。
なお、籠の右隣にある、竹の枝先に結び付けられた都鳥のおもちゃも、同じく向島で人気の土産物でした。また、左端には「了古」という、このコマ絵を描いた絵師・隅田了古のサインも記されています。
③改印
コマ絵の左下に、印鑑のような謎の丸い判子がありますが、これは「改印(あらためいん)」と呼ばれるもの。浮世絵を刊行する際、事前にその内容を検閲してもらう必要があったのですが、改印は、出版して問題がないと判断された際に捺されます。
改印は、時代によってさまざまに形が変わります。例えば、安政6年(1859)から慶応3年(1867)の9年間では、これだけの改印が(参照:『原色浮世絵大百科事典』第3巻、大修館書店、1982年)。この時期は月ごとに改印が変わっていました。
この浮世絵の改印は、右半分が「亥」、左半分が「十二」と「改」となっています。これによって、亥年である文久2年(1862)の12月に検閲を受けたことが分かります。検閲を受けたタイミングは、ほぼ浮世絵版画が刊行された時期となりますので、浮世絵の制作年を知る上で、この改印は貴重な手がかりとなるのです。
④絵師
浮世絵を描いた絵師のサインです。「七十九歳 豊国筆」とあることから、当時は「豊国」の画号を襲名していた歌川国貞が、79歳の時に描いたことが分かります。
一番下の赤い丸は「年玉印」と呼ばれるもの。年という文字を丸い円の形にデザインしたもので、国貞に限らず、歌川派の絵師たちが好んで用いていた印章の一つです。こちらは、初代歌川豊国、歌川国芳、豊原国周の年玉印。
⑤版元印
浮世絵を出版した版元の印章です。これによって、両国に店を構えていた加賀屋吉兵衛という版元が出版したことが分かります。
版元印はもちろん版元の数だけあります。版元によっては、いくつかの版元印を使っているところもありましたので、その数はご覧の通り。700種類以上もあります(参照:『原色浮世絵大百科事典』第3巻、大修館書店、1982年)。
浮世絵を出版する際、責任者の所在を明らかにするため、版元が分かるようこのような版元印が捺されることが一般的でした。
⑥彫師
「彫巳の」とあります。この浮世絵を彫った彫師の名前です。これによって、小泉巳之吉、通称「彫巳の」が彫りを行なったことが分かります。ただし、彫師の仕事は一人で全部を彫るのではなく、何人かで分担しました。「彫巳の」は最も細かい作業を担当した責任者として、その名前が記されています。
彫師は、浮世絵師とは異なり、どのような人物であったかといったことについて、詳しいことはほとんど分かっていません。「彫巳の」について分かっていることも、天保4年(1833)生まれ、明治39年(1906)没、松島政吉の弟子というくらいで、個人的な情報はほとんど伝わっておりません。そもそも、絵師と違って、浮世絵に彫師の名前が記されること自体があまり多くないのです。
「彫巳の」の技の素晴らしさについては、こちらの記事をご参照ください。
以上、浮世絵に記されたさまざまな文字についてご紹介しました。皆さんも、浮世絵を観賞する時、これらの文字についても注目してみてください。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)