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【オンライン展覧会】「江戸の土木」展

太田記念美術館にて、2020年10月10日~11月8日に開催された「江戸の土木」展のアーカイブです。展示作品・全70点の画像、ならびに、展示室内の作品解説を掲載しています。作品画像はある程度細部までは拡大できますので、美術館で実物をご覧いただくようにお楽しみいただけます。オンライン展覧会の入館料は、実際の美術館の入館料と同額である800円です。ご覧いただける期間は無期限となっておりますので、いつでも、どこでも、好きな時に「江戸の土木」展をご鑑賞いただけます。

はじめに

土木とは、道路や河川、橋梁、港湾などを造る建設工事のこと。東京のルーツである江戸は、幕府による天下普請を始めとする、さまざまな土木工事によって発展した都市でした。江戸城と外濠・内濠の建設、日比谷入江、築地、深川などの埋め立て、小名木川や神田上水といった運河や上水の整備、寛永寺や増上寺といった巨大寺院の建設―。高度な土木技術による市街地の造成やインフラなどの整備は、江戸を人口100万人を超える大都市へと導きました。
また近年、東京では大規模な再開発が進み、渋谷駅周辺や日比谷などが注目を浴びています。しかし歴史をさかのぼると、実は江戸時代から、商業地の移転や再開発が度々行われてきました。新吉原のような遊廓や猿若町のような芝居町、わずか十数年で姿を消した幻の繁華街・中洲などは、再開発エリアのルーツといえるかも知れません。
こうした大規模な土木工事による江戸のインフラや建造物の様子は、浮世絵の中にもさまざまな形で描かれています。本展は歌川広重や葛飾北斎など、浮世絵師たちが描いた作品を手がかりとして、江戸の土木を読み解く展覧会です。

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Ⅰ 橋

河川に架かる橋は、土木工事の中でも重要な分野のひとつです。江戸市中には、隅田川に架けられた両国橋を始めとする5つの橋や、日本橋、京橋など、大小さまざまな橋が架橋されました。橋は土木技術の粋を集めた構造物であると同時に、交通のインフラでもあり、また外観の美しさも伴う造形物でもあることから、地域のランドマークとして重要な存在でした。北斎、広重らの浮世絵師も、モチーフとして橋を好み、数多くの作品が描かれています。

1.橋 マップ


(1)歌川広重 東都名所 両国橋夕凉全図 大判錦絵3枚続 天保(1830~44)後期頃 

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両国橋とその周囲を俯瞰で描いた作品。隅田川の西岸から東岸を眺めています。両国橋は寛文元年(1661、他説あり)、隅田川では千住大橋に次いで二番目に架橋されました。長さは94間(約171m)。明暦の大火(1657)の際、橋がなく、行き場を失った多くの市民が亡くなったことも架橋の理由の一つと言われます。東西の橋のたもとには、火除地として両国広小路が設けられ、仮設の小屋などが立ち並び、特に西両国は江戸随一の繁華街として賑わいます。

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(2)菊川英山 江戸両国すゞみの図 大判錦絵3枚続 文化8年(1811)8月 

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両国の夕涼みの様子を描きます。両国橋付近では、川開きの期間中、図のように花火が打ち上げられ、川には多くの船が浮かんで賑わいました。橋桁と橋桁の間のことを側(かわ)と言いますが、両国橋の側は、例えば享保時代(1716~36)には40あったとされます(鈴木理生『江戸の橋』)。図では側の数は省略されて描かれているようですが、橋の構造がよく見えています。

002-01 114 菊川英山

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(3)葛飾北斎 隅田川両岸一覧 大本3冊 享和元~文化3年(1801~07)頃

003 93-2-3絵本隅田川両岸一覧 北斎

隅田川の両岸を題材にした、3冊からなる絵本で、さまざまな狂歌師による讃が添えられています。上巻は高輪から両国、中巻は両国から大川橋(吾妻橋)、下巻は浅草寺から新吉原までを扱っています。図は中巻に収められた両国橋の図。両国橋の橋桁や欄干などの構造が詳細に描かれています。隅田川の東岸からの眺めで、遠景には回向院が見えています。

003 93-2-3絵本隅田川両岸一覧 北斎01

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(4)小林清親 東京五大橋之一 両国真景 大判錦絵3枚続 明治9年(1876)1月 

004-01 11924-小林清親全体

両国橋は、明治8年(1875)12月、オランダ人技師リンドーの設計で西洋風の木製橋に架替えられました。図はその直後にあたる翌年1月に出版された、小林清親による作品です。新しい橋の上には、明治維新を象徴するような洋装の人物や、馬車などが行き交っています。この木橋は明治30年(1897)の花火大会の際に一部が崩落する大事故となり、明治37年には鉄橋(曲玄トラス橋)として生まれ変わりました。

004-01 11924 小林清親

004-02 11923 小林清親

004-03 11922 小林清親

参考資料:西洋式木橋の両国橋 個人蔵

西洋式木橋の両国橋


(5)歌川広重 名所江戸百景 大はしあたけの夕立 大判錦絵 安政4年(1857)9月  

005 4452 歌川広重

突然の雨の中、家路を目指す人々が橋の上で行き交っています。広重の代表作でもある本図に描かれるのは、元禄6年(1694)、隅田川で三番目に架橋された新大橋です。橋の長さは108間(約197m)。工事業者は入札によって決められた白子屋伊右衛門で、52日の突貫工事で完成したと伝えられています。


(6)小林清親 東京新大橋雨中図 横大判錦絵 明治9年(1876)8月 

006 646 小林清親

明治9年(1876)の新大橋を描きます。微妙なグラデーションで表現される雨雲や、水面に映る橋桁など、清親による西洋風の描写が印象的な一図。もっとも描かれた橋は、広重「大はしあたけの夕立」と同じく、江戸以来の木製の橋です。新大橋は明治18年(1885)には西洋式の方杖型木橋に、同45年には鋼鉄製のトラス橋に架け替えられています。

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