知られざる幻の風景画家・小倉柳村をご紹介します
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知られざる幻の風景画家・小倉柳村をご紹介します

2021年8月29日まで太田記念美術館にて開催している「江戸の天気」展では、こちらの作品が出品されています。

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湯島天神の石段の上から、眼下の町並みを見下ろしている2人の男性。満月の明かりと建物の明かりという、自然と人工の光の対比にも味わいがありますが、男性2人が向き合うことなく、無言で立っている姿は、この作品にどこかミステリアスな印象を与えています。

この浮世絵の作者は、小倉柳村(おぐら・りゅうそん)。制作は明治13年(1880)です。光と影を対比させる風景描写は小林清親の光線画からの色濃い影響を感じさせますが、柳村ならではの独特の雰囲気も漂っています。知名度はそれほど高くはありませんが、隠れたファンも多い絵師なのです。

しかしながら、この小倉柳村、分かっていることがほとんどありません。浮世絵師としての活動は、明治13~14年(1880~81)のわずか2年間。確認されている作品数はたったの9点しかありません(註)。しかも、築地小田原町2丁目14番地に住んでいたこと以外、生没年はおろか、具体的な経歴が何一つ不明なのです。

太田記念美術館は小倉柳村の作品を5点(うち1点は同じ作品)所蔵しており、柳村の所蔵数としては他の美術館と比べて多い部類です。今回は知られざる小倉柳村の作品全9点を皆さまにご紹介しましょう。

①「日本橋夜景」明治13年(1880)3月3日御届 太田記念美術館蔵

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明治6年(1873)に平らな路面の西洋式の木橋に架け替えられた日本橋。ガス灯の明かりや電信柱が、明治の文明開化を伝えます。

②「湯嶋之景」明治13年(1880)11月5日御届 太田記念美術館蔵

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湯島天神の境内。男坂の石段の上から町を見下ろしています。左右の建物には「御休所」「御待合」の看板が。2人の男性はどのような関係なのか、ちょっとミステリアスです。ただ、夜空の雲の表現もお見逃しなく。まるで水彩画のような独特な雲のぼかし具合が、柳村ならではの味わいになっています。

③「八ツ山之景」明治13年(1880)11月5日御届 国立国会図書館蔵

八ツ山之景 国立国会図書館

八ツ山とは品川宿の北にあった丘のこと。夜空に浮かぶ満月が、丘や小舟を照らしています。月明かりを捉えたその色彩感覚は、木版画ではなく、まるで水彩画のよう。描かれている場所も日本の景色には見えない、異国情緒が漂っています。

④「浅草観音夜景」明治14年(1881)3月3日御届 太田記念美術館蔵

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こちらは浅草寺の仲見世奥に見えるのは浅草寺の仁王門と五重塔です。

⑤「芝愛宕山之景」明治14年(1881)5月16日御届 太田記念美術館蔵

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これまで柳村は夜景を描いてきましたが、昼間の景色も手掛けています。場所は芝の愛宕山。江戸時代から海を見渡せる見晴らしのよい場所として人気の名所でした。海のある東の方角に街灯の影が伸びているので、夕方の時間帯でしょうか。雲の独特な表現にもご注目ください。

⑥「海運橋之景」明治14年(1881)5月御届 ホノルル美術館蔵

リンク先よりご覧下さい。海運橋を手前に、擬洋風建築の最高峰とされた第一国立銀行を眺めています。

⑦「(隅田川岸図)」明治14年(1881)11月御届 GAS MUSEUM がす資料館蔵

リンク先よりご覧ください。隅田川の堤防を釣竿を持った男性がのんびりと散策しています。正式な題名は不明です。

⑧ー1「向嶋八百松楼之景」刊年不明 太田記念美術館蔵

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向島の枕橋のたもとにあった八百松という料亭。隅田川のすぐそばで、対岸には浅草寺の本堂と五重塔が見えました。透視図法を駆使した建物も印象深いですが、やはり西の空の夕焼けが柳村ならではの魅力でしょう。手前の樹木にも夕日があたっているところをお見逃しなく。

⑧ー2「向嶋八百松楼之景」刊年不明 太田記念美術館蔵

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実は太田記念美術館では同じ作品を2点所蔵しています。しかしながら微妙な違いが。一番違うのが画面の枠の色が薄くなっている点。こちらの方が後摺のようです。夕焼けの光の表現がやや雑になっています。

⑨「(御茶水之景)」刊年不明 サンフランシスコ美術館蔵

最後にご紹介するのは、柳村得意の夜景。リンク先からご覧ください。正式な題名が不明のため「水道橋之月夜」とも称されます。満月の光に照らされた水道橋です。静寂な空気が漂っています。

以上、現在、柳村の作品として知られている9点の作品すべてをご紹介しました。

初めに述べましたように、柳村については何も分かっていません。五姓田芳柳の門人との説もありますが、単に「柳」の文字がつながっているだけの推測にしか過ぎません。また、作風は小林清親との関係をにおわせますが、師弟関係があったという逸話はありません。

唯一の手がかりとなるのが、柳村の作品すべてを刊行した、版元の新井八蔵です。柳村と同じ築地小田原町2丁目14番地に住んでいたことから、両者に深いつながりがあったと推測されます。ただ、この版元も詳細が分からず、残念ながら柳村の正体をつきとめるにはいたりませんでした。

以上、小倉柳村という明治に活躍した幻の風景画家について紹介しました。作品数が少ないので、美術館で見かけることは多くないかもしれませんが、もし出会うことがあれば、ぜひこの記事を思い出してください。


吉田暎二氏は『浮世絵事典』(画文堂、1971年)にて11点の作品名を挙げていますが、「日本橋夜景」を2回列挙しており、また、「水道橋月夜」と「御茶水之景」は同じ作品と推測されますので、実質9点とみなすべきでしょう。また、料治熊太氏は『明治の版画』(光芸出版、1976年)にて13点あると指摘していますが、題名は明示されておらず、その詳細は分かりません。なお、料治氏は小倉柳村の署名入りの素描集が静岡の池田哲二氏によって発見されたことを述べています。100枚以上の作品で、東京の西部や秩父方面が描かれているとのことですが、図版は紹介されておらず、現存するかどうか不明です。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

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原宿にある浮世絵専門の美術館。浮世絵の楽しさを皆さまにお伝えします。画像は表記がないものは太田記念美術館所蔵。HPは http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/、twitterはhttps://twitter.com/ukiyoeota