雨の浮世絵ベスト4を選んでみた
浮世絵には、雨の景色を描いた名作が数多くあります。そこで、雨の浮世絵ベスト4を個人的な好みで選んでみました。今回は、1人の浮世絵師につき、1点の作品に限定しています。
①歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」
歌川広重には雨を描いた傑作が数多くあります。「東海道五拾三次之内 庄野 白雨」や「近江八景之内 唐崎夜雨」など、一つに絞るのはとても難しいのですが、やはりここは大定番の傑作を選びました。
言わずと知れた、広重の最晩年の「名所江戸百景」を代表する1点です。隅田川に架かる新大橋に降り注ぐ夕立。人々は急いで雨を逃れるように橋を渡っています。注目はやはり雨脚を彫る、彫師の技術の高さ。
山桜の板に、まっすぐで長いシャープな線を彫るのは至難の業。雨脚の線にスピード感があるのがお判りでしょうか?よく見ると、雨の線の角度が2種類に分かれています。実は線の角度がずれた版木を2枚重ねて摺ることで、雨の激しさをより強く表現しています。アダチ版画研究所のツイートもご参照ください。
②小林清親「梅若神社」
2番手は、光と影を強調した光線画を得意とした明治の浮世絵師、小林清親の雨の作品。
激しい雨の表現は、広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」に対抗しているかのようです。しかも、雨脚の彫りにご注目。
広重の場合は雨の墨の線を残して彫りましたが、清親は雨の線そのものを彫ることによって、風景が雨で霞んでいるように見せています。さらに地面にもご注目。
人力車の赤い車輪のところ、お分かりになりますか?雨で水びたしになった地面に、車輪が反射して映っているのです。こんな細かいところまで見逃さないのは、さすが光と影の表現を得意とした清親です。
③葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」
線を用いることだけが、雨の表現ではありません。独創的な雨の描写といえば、葛飾北斎の代表作「冨嶽三十六景」より「山下白雨」。
一見したところ、空が晴れ渡っているので雨に見えないかもしれません。しかし、題名に「山下白雨」とあるように、この絵は富士山のふもとで白雨=夕立が降っている様子を描写しています。
北斎の独創的なところは、雨を線で表現するといったありふれた表現はしません。雨雲を連想させるため、画面の下3分の1を真黒に塗りつぶしてしまっているのです。
しかも右下に描かれる斜めの線は、雨雲の中で光る雷。雨だけでなく、雷の描写も北斎は独特です。
④歌川広景「江戸名所道外尽 四十六 本郷御守殿前」
最後は趣向を変えて、バカバカしくてユーモラスな作品から。歌川広重の門人、歌川広景の「江戸名所道外尽」より。
突然の夕立に困った3人の男たち。しかし持っていた傘は1本だけ。そこで皆が濡れないようにと考えたアイデアがこちら。
上の男は、楽ちん楽ちんとご満悦ですが、下の2人は迷惑顔。肩に乗った男が重たい上に、傘もボロボロなのでビショビショになるばかり。これならいっそ雨に濡れた方がいいのではないでしょうか。見ているこちらは笑ってしまいたくなる雨の日の一コマです。
ちなみに、みんな裸足になっていますが、それについては以前の記事に書きました。
皆さんは、どの雨の浮世絵がお好きでしょうか?Twitterの人気投票の結果も合わせてご覧下さい。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)
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