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北斎の「奇想の富士」ベスト5を選んでみた。

葛飾北斎の代表作といえば、誰しも「冨嶽三十六景」を思い浮かべることでしょう。しかしながら、「冨嶽三十六景」が完結後すぐに刊行された『富嶽百景』はそれほど有名ではないかもしれません。

理由としては、画面がモノクロであるため、華やかさに欠けること。また、絵本という冊子形式であるため、展覧会では見開きしか紹介されず、記憶に残りづらいことなどが挙げられます。

しかしながら、どれだけユーモラスな視点で富士山を面白く描いているかという点で比較するならば、『富嶽百景』は「冨嶽三十六景」をはるかに凌駕しています。「冨嶽三十六景」が、基本的に実在する場所から眺めた風景であるのに対し、『富嶽百景』は、描いた場所が具体的に示されることは少なく、どういう視点で富士山を眺めるかという、北斎のアイデアの面白さを前面に押し出しているのです。

『富嶽百景』全3編には、「冨嶽三十六景」全46点の2倍以上となる、102点の富士図が含まれています。今回はその中から、葛飾北斎ならではの奇抜なアイデアにあふれた「奇想の富士」ベスト5をご紹介していきます。

まず、1点目は「容裔不二」。「うねりふじ」と読みます。波立つ海に、一艘の舟が浮かんでいます。こちらの絵を見た時、どこに富士山が描かれているか、見つけることができるでしょうか?

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「うねり」という題名からピンときた方もいらっしゃるかもしれません。海面をよく見てみると、うっすらと灰色になった三角形があるのがお判りでしょうか?

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あえて富士山そのものを描かず、海面に映っている富士山が、波でうねっているという状況を描いているのです。富士山の絵であることを知らないと、単に海を渡っている舟の絵と理解してしまうところでしょう。水面に映った富士山が、波によってこんな形に見えるのか定かではありませんが、もっともらしく描いているところは、北斎らしい表現力の高さです。

2点目は「盃中の不二」。これは題名から、すぐに答えが分かると思います。漁師が盃に酒をつぎ、これから飲もうとしているところです。

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お察しのとおり、盃の酒に富士山の山頂が映っています。漁師の背後に富士山がそびえているのでしょう。ちょうど盃にその姿が映ったようで、指をさしながら笑っています。

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ちなみに漁師の背後にある松に羽衣がかかっていることから、羽衣伝説、すなわち白龍(はくりょう)という漁師が天女の羽衣を持ち帰ろうとした有名な逸話を踏まえた図であると推測されます。すると、この絵の舞台は三保の松原ということになりそうです。

3点目は「サイ穴の不二」。「サイ穴」とは「節穴」のこと。薄暗い部屋の中、雨戸の穴から差し込んだ光によって、上下逆さになった富士山の影が障子に映るという、ピンホール現象を題材にしています。

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その不思議な現象に驚く、左側の2人の男性。特に下の方の男性は、両方の手のひらを大きく広げた大げさな仕草。

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箒をもっている左側の男性は、この現象をよく知っているようで、やれやれこういう仕掛けですよと説明するような表情で、穴を指さしています。

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北斎はピンホール現象のことを曲亭馬琴から教わったのではという説がありますが、いずれにしろ、富士山を描くのに、ピンホール現象を扱うところが、奇抜なことが大好きな北斎らしいところです。

4点目は「雪の且の不二」。「且」は「旦」の誤りで、「雪の旦(あした)の不二」と読むべきでしょう。雪が降り積もった翌朝の風景です。この図に描かれているのは、本物の富士山ではありません。

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すでにお分かりかと思いますが、雪かきをしている男性が積み上げた雪の山。これが高く積まれ、まるで富士山のような形をしていることから、北斎はこれを富士山に見立てました。

『富嶽百景』では、北斎はさまざまな奇抜な角度から富士山を眺めていますが、いずれも実際の富士山を描いています。しかしこの図だけ、富士山ではないものを富士山としているのです。

雪山で楽しそうに走り回っている野良犬たちが可愛らしいですね。

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最後は「羅に隔るの不二」。羅とは網、ここでは蜘蛛の巣のこと。蜘蛛の巣越しに富士山を眺めています。

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『富嶽百景』では、竹林や橋、さらには男性の股座越しに富士山を眺めるという奇抜な視点から眺めた富士図がいくつもありますが、やはりこの蜘蛛の巣越しの富士山が、もっとも突飛な組み合わせでしょう。紅葉の葉が蜘蛛の巣に引っかかっているところも、北斎の自然への観察眼とデザインセンスを感じさせます。

以上、北斎の『富嶽百景』の中から、「奇想の富士」ベスト5を選んでみました。先ほどもお伝えしように、『富嶽百景』には全部で102点の富士図が掲載されており、北斎らしいユニークな絵が満載です。山口県立美術館・浦上記念館の作品検索システム・絵本の世界で、全ページをご覧になれますので、ご興味のある方は下記リンクを訪れてみてください。

参考文献:鈴木重三・解説『葛飾北斎 富嶽百景』岩崎美術社、昭和61年(1986)。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)


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