化かす浮世絵・だます浮世絵
昔話では、キツネやタヌキに化かされて散々な目にあったという話がありますが、浮世絵でも、キツネやタヌキに化かされている場面がしばしば描かれます。さらに、人間が動物をだましたり、動物が動物をだましたりといった、ちょっと変わった浮世絵もあるのです。今回は、そんなユーモラスな浮世絵4点をご紹介します。
①月岡芳年「東京開化狂画名所 墨堤三囲社 野狐の愉快」
隅田川のほとりにある三囲神社。桜が満開ですので、男性は花見にやってきて、さんざんお酒を飲んで酔っ払ったのでしょう。すっかり日が暮れたところに現れたのが、キツネたち。男性にさらにお酒を飲ませ、楽しませています。
男性は美しい女性たちに囲まれて、すっかり上機嫌。満面の笑みでお酌をされていますが、手に持ったお椀はボロボロ。
よく見ると、左の女性、尻尾が生えています。顔もちょっとキツネ顔。
右側の女性にも尻尾が。つま先をよく見ると、黄色くなっており、足はキツネの姿のままのようです。
後ろで三味線を弾いているキツネは、和服を着ていますが、顔はキツネのまま。もはや正体を隠さなくても、男性はまったく気が付かないようです。
右のキツネは男性の持っていたお土産をこっそり拝借。キツネの大好きな油揚げが入っているのでしょうか。もう蓋を開けようとしています。
②歌川広景「江戸名所道戯尽 三 浅草反甫の奇怪」
キツネの次は、タヌキが人間たちを化かしている浮世絵です。場所は浅草寺の北に広がる田んぼの中。吉原遊廓で酒を飲み、夜道を帰ろうとした男性たちなのでしょう。
鍬を掲げ、田んぼの泥の中を楽しそうに行進しています。
真ん中の男性は、とても真剣な表情をしていますが、草履を頭に載せているという、おかしな状況です。この男性、よく見ると、黄色いふんどしがゆるみ、ひらひらと垂れ下がっています。
この男性たちを化かしている黒幕は、後ろにいるタヌキ。両手に細い棒のような物を持ち、男性たちを自在に操っています。先ほどのキツネとは違って、ちょっと悪い表情をしています。
男性たちは、大名行列の先頭で「下にー、下にー」と言いながら、気分良く毛槍を振っているつもりなのでしょう。正気に戻った時、さぞかしびっくりするに違いありません。
参考:河鍋暁斎「東海度 高縄 牛ご屋」
③葛飾北斎『北斎漫画』十二編より「同 河童を鉤ルの法」
キツネやタヌキが人間を化かすのとは逆に、人間が動物をだますというパターンもあります。正確には動物ではなく妖怪ですが、人間が河童をだまして捕まえようという様子です。
堀の中にいる河童。背中には亀のような甲羅があります。ぎょろりとした目玉で、上の方を眺めています。視線の先にあるのは…。
突き出された男性のお尻。河童は「尻子玉」という、人間の肛門の中にあるとされた玉が大好物です。河童はこの男性に襲いかかろうと隙を伺っています。
しかし、実はこれは男性の罠。河童が襲いかかってきたら、備え付けている網を広げ、河童を捕まえようというのです。煙管をくわえながら、余裕の表情。河童をだまして捕まえることに、よほどの自信があるのでしょう。
④歌川広重「枡落とし」
最後は動物が動物をだましている作品をご紹介。ネコをだますネズミたちです。
枡落としとは、ネズミを捕まえるための仕掛けのこと。伏せた枡の端を棒で支えて中に餌を置き、ネズミが触れると枡が落ちてかぶさるようになっています。
男性は、夜中に騒ぐネズミを捕まえようとしたのでしょう。エサを食べているところを閉じ込めようと、枡をぐっと押さえつけましたが、捕まったのはなぜかネコ。
枡を背中から押さえつけられて、にゃんとも苦しそうな表情をしています。
ネズミたちの表情から察するに、どうもネズミたちの作戦が大成功したようです。上手くネコをだまして、枡の下におびき出したのでしょう。
指をさして笑っているようです。浮世絵版「トムとジェリー」のようですね。
本当はネズミを捕まえたかった男性の肩の上に乗るネズミ。かなりのふてぶしさです。
化かす浮世絵・だます浮世絵、いかがだったでしょうか。皆さんも動物たちに化かされたり、だまされたりしないようにご注意ください。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)