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橋に抱く江戸への郷愁ー小林清親「東京新大橋雨中図」

小林清親は、明治時代のはじめに東京の風景を描いた浮世絵師である。西洋の石版画や写真の表現を取り入れ、江戸時代の浮世絵にはない、光と影の移ろいを捉えた「光線画」と称される木版画を生み出した。その最初期に制作された作品が、この「東京新大橋雨中図」である。

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隅田川に架かる新大橋に、雨がしとしとと降り注ぐ。空に広がる雨雲は薄くなりつつあるので、雨はもうすぐおさまるだろう。

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川の揺らぎや、水面に反射する橋脚や小舟の影を捉えるのが、清親の光線画らしい特色だ。

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蛇の目傘をさしている女性の足元にある水たまりに、彼女の姿が映っていることも見逃さないでほしい。

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この絵を見た時、どこか懐かしさを感じる人も多いのではなかろうか。昔の日本の情景や、雨の日の静寂など、記憶を刺激するポイントは人それぞれだろう。だが、この絵には、絵師である清親自身の郷愁も込められている。

清親は、貧しいながらも幕臣の家に生まれた。鳥羽・伏見の戦いに参加し、幕府の崩壊後には、徳川家に従い、静岡へと移住する。明治7年(1874)、再び東京に戻った時、自分の生まれ育った町が文明開化で大きく変貌したことに驚いただろう。

近代化された建造物の一つが、橋である。石造のアーチ橋になったり、木造でも西洋式になったりと、主要な橋はどんどんと架け替えられていた。そんな中、昔と変わらない古い木造の姿であったのが、この新大橋であった。

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近い将来には取り壊されるであろう、幼い頃から親しんだ橋。清親は、急速に失われていく江戸に懐かしさを覚えながら、せめてその姿を絵の中に留めようとしたに違いない。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

※この作品は、オンライン展覧会「江戸の土木」展で紹介しています。

初出:『毎日新聞』2020年11月2日(月)夕刊 「アートの扉:発見!お宝 太田記念美術館3」「小林清親 東京新大橋雨中図 水面に映る郷愁の念」

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