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浮世絵のウサギたちをご紹介します

浮世絵にはいろいろな動物たちが登場します。キツネは以前にご紹介しましたが、他にもネコやイヌを筆頭に、哺乳類から鳥類、爬虫類、魚類と、その種類はいろいろ。今回は、浮世絵の動物シリーズ第2弾として、ウサギをご紹介します。

広重と北斎のウサギ

まずは、風景画の名手、歌川広重の「月に兎」から。満月の光に照らされた2匹のウサギ。1匹は満月を眺めていますが、もう1匹は月に関心がないのか、うずくまっています。

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画面上部の隅っこが白くなっていますが、この浮世絵は団扇に貼り付けるために作られたもの。四隅を切り抜き、竹の骨に貼り付けて、団扇として実際に使うものでした。風流ですね。

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浮世絵版画では、輪郭線があるのが一般的なのですが、このウサギには輪郭線がありません(地面には輪郭線がありますよね)。輪郭線をあえて用いないことで、ウサギの毛がふんわりとした感じ、あるいは、月の光にあたっている感じが表現されています。

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下のウサギも輪郭線を用いていません。薄茶色を用いて、ウサギの耳と、うずくまっている様子を表現しています。赤い目がちょんとあるのも、可愛らしいですね。

次は葛飾北斎の『三体画譜』より。この作品は一枚摺の版画ではなく、絵本の一部です。3匹のウサギが並んでいますが、よく見るとタッチが違いますね。実は、書の書体である真・行・草になぞらえています。

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こちらは「真」のウサギ。現実のウサギをしっかり模写しようとしており、毛並みが丁寧に描写されています。指先の爪はかなりしっかりしてるので、襲われると痛そう…。

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こちらは「行」のウサギ。「真」よりも毛並みを省略した、スッキリとしたタッチになっています。

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そして最後に「草」。最低限の筆遣いで、ウサギの体の特徴を捉えています。皆さんは、真・行・草、どのウサギがお好みですか?

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童話のウサギ

次は、童話に登場するウサギたちをご紹介します。こちらは歌川広重の「かちかち山」より。物語の最後の場面、ウサギとタヌキが舟を漕いでいます。

3146歌川広重のコピー

皆さんご存じのように、タヌキが乗っているのは泥舟。もうしばらくすると水に溶けて沈んでしまうことでしょう。溺れたタヌキを、ウサギは櫓で叩きつけて殺してしまいます。絵の中のウサギはこちらに背中を向けていますが、はたしてこの時どんな表情をしているのでしょうね。

こちらは月岡芳年の「月百姿 金時山の月」。童話で有名な金太郎です。クマと相撲をとっているイメージがありますが、この作品では行司の役割。相撲を取っているのは、ウサギとサルです。

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ウサギは左右とも下手で、もろ差しの状態(まわしはありませんが)。サルも負けじと外四つです。隣に置いてある柿をめぐっての争いでしょうか。行司の金太郎は、勝負の行く末をじっと見守っています。

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ウサギのお尻と尻尾がかわいいですね。

こちらは、同じく月岡芳年の「月百姿 玉兎 孫悟空」。童話ではありませんが、中国の小説『西遊記』の一場面です。巨大な満月を背景に、孫悟空が如意棒を振り回しています。

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戦っている相手は、この可愛らしい白ウサギ。実はこのウサギ、月で仙薬を搗いている玉兎(ぎょくと)という妖精で、天竺国の姫に化け、三蔵法師と結婚しようという悪だくみをしていました。孫悟空は、この玉兎を懲らしめようとしています。

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白ウサギ、こちらを向いて、ニッコリと笑っています。孫悟空に懲らしめられているというより、仲良く遊んでいるように見えますね。

明治時代のウサギブーム

さて、話は変わりまして、明治時代のはじめ、ウサギをペットとして飼うことが大ブームになったことはご存知でしょうか?明治5年(1872)頃、外来のカイウサギが飼育されるようになり、交配によって珍しい毛並みのウサギを生み出すことも流行するようになりました。そのブームを反映して、明治6年(1873)、「兎絵」という、ウサギを題材とした浮世絵が数多く制作されたのです。

こちらは歌川芳藤の「兎の相撲」。まわしを締めたウサギたちが、土俵の上で相撲を取っています。

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1つの土俵の上で、3つの取組が同時に行われています。こちらは行司が軍配を手に、見合って見合ってという、立ち合いの場面。

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こちらではすでに取組が開始。左のウサギ、喉輪で攻めています。真剣勝負なのでしょう。皆、目が殺気立っています。

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土俵の外では、取組を待つウサギたちが控えています。皆、気合いの入った表情をしています。中には腕を組んで、勝負をじっと見つめているウサギも。

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ウサギたちの四股名は、「石丸更紗」や「横三升三毛」のように体の模様にちなむものや、「竹本大耳」のように耳の形にちなんでいるものなどいろいろ。ちなみに、白地に黒い斑点の「更紗」と呼ばれた毛並みは、特に人気が高かったといいます。

番付のアップはこちら。

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明治のウサギブームの中で、交配によっていろいろな毛並みのウサギたちが作り出され、時には、かなりの高額で取り引きされるようになりました。投機目的で飼育を行ない、売買によって値段を吊り上げるというような行為も行われていたようです。そんな当時の状況を、このウサギの相撲の絵は風刺しているのでしょう。

こちらは四代歌川国政の「兎の草履打」。歌舞伎「加々見山旧錦絵」の「草履打」の場面のパロディーになっています。本来は、局の岩藤が中老の尾上を草履で叩くのですが、岩藤の名前が「今ぶち」、尾上が「卯の上」と、ウサギにちなんだものに変えられています。

11543四代国政のコピー

今ぶちは「卯の上殿、根が野兎の育ちゆへ、行儀作法も知らぬ」と言いながら、草履で卯の上を叩きます。本来は町人の生まれのところを、「野兎の育ち」と言っているところが面白いですね。ウサギの世界にも、身分の壁はあるようです。

ちなみにこのウサギブーム、あまりに売買価格が高騰したため、東京府から禁止令が出されました。兎税というものまでが設けられるようになり、明治9年(1876)、ようやくウサギブームは終焉したそうです。

ウサギの雪だるま

最後に、ウサギをかたどった雪だるま(正確には雪うさぎ、ですね)をご紹介しましょう。

こちらは歌川豊国の「雪見八景 ばんしやう」。花魁が火鉢で暖を取りながら、壁に架けられた時計を眺めています。「ばんしやう」とは晩鐘のこと。夜になっても客が来なくて暇なのか。あるいはそろそろ来るはずの客を待ちわびているのでしょうか。

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その花魁のそばに置かれているのが、蒔絵のお膳の上に載った雪のウサギ。かなり丁寧な作りをしていますね。

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最後にご紹介するのが、歌川国貞と歌川広重の合筆による「東源氏雪乃庭」。小説『偐紫田舎源氏』を踏まえた「源氏絵」と呼ばれるジャンルの浮世絵で、左端の男性が主人公の足利光氏。武家屋敷の広大な庭で、女性たちが巨大な雪のウサギを一生懸命作っています。

図2のコピー

雪だるま、その作りはかなり本格派。たすき掛けをした中央の女性は、鏝を手に、気合いを入れて制作しています。赤い盃をウサギの目玉にするのでしょうか。左端の女性は、ヘラのようなものを使って、耳の形を整えています。

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右端の若い女性は、雪が冷たくて嫌なのか、震える手で眺めるだけのようです。きらびやかな簪をしているところをみると、お姫様のようですので、このような作業は得意ではないのかもしれません。

12488歌川国貞(三代豊国)1のコピー1

以上、浮世絵に描かれたウサギたちをご紹介しました。浮世絵には他にもいろいろな動物たちが描かれています。引き続き、紹介していく予定ですので、それまでお楽しみに!

ちなみに、以前にご紹介した浮世絵の動物関連の記事は、こちら。

関連文献として、こちらも。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)


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