浮世絵で初日の出を拝もう
お正月の朝、早起きして初日の出を拝もうという気持ちはあっても、実際にはなかなか布団から起き上がれないものですよね。そんな時のために、浮世絵に描かれた初日の出をご用意しました。
まずは歌川広重の「江戸名所 洲崎はつ日の出」。辺り一面は雪景色。昨晩は雪が降ったのでしょうか。しかし元旦の早朝にはすっかり晴れたようで、ご覧のように、初日の出がきれいに見えます。
女性たちも頭巾を巻いて、防寒対策をしっかりとしながら、初日の出がよく見える波打ち際へと向かっています。
この場所は洲崎。現在の東京都江東区木場です。『東都歳事記』に「深川・洲崎・芝・高輪等の海浜、神田の社寺等にて日の出を拝する輩、今暁七つ時(※午前4時頃)より群集す。」と記されているように、洲崎は初日の出を拝むことができる有名な名所でした。左奥に見えるのは洲崎弁財天社。現在の洲崎神社です。
こちらの歌川広重「東都名所洲崎弁財天境内全図 同海浜汐干之図」(国立国会図書館蔵)をご覧いただければよく分かるように、洲崎弁財天社のそばには長い堤防があり、初日の出を眺めるにはもってこいの場所でした。
同じ場所を広重は別の浮世絵でも描いています。「絵半切江戸近郊名所 洲崎雪ノ朝」。浮世絵とは思えない、淡い色彩です。
絵半切とは、絵の入った便箋のこと。上から文字を書きますので、余白が多く、絵は淡い色彩で摺られているのが特徴です。ただ、摺りの丁寧さから、この作品は実用品というよりも、鑑賞目的で制作された可能性が高そうです。同じ場所を同じ絵師が描いても、絵の雰囲気はこれだけ変わってきます。
洲崎の初日の出の様子は、広重だけでなく、歌川国芳も描いています。こちらは「東都名所 洲崎初日出の図」。堤防の上にいる2人の女性が、初日の出を眺めています。水平線の向こうには富士山の姿も。
斬新なのは、初日の出の光の表現。放射状に延びる直線を使って、太陽の光を表現しています。
注目していただきたいのが、堤防の下。ぱっと見ただけでは見落としてしまいそうですが、よく見ると、初日の出の見物客たちが大勢集まっていることが分かります。しかもみんな、両手を前に出してご来光を拝んでいます。
さて、別の場所の日の出も見てみましょう。歌川国貞の「二見浦曙の図」です。実は題名に初日の出とありませんので、初日の出かどうかは特定できないのですが、この記事では初日の出として鑑賞しましょう。場所は現在の三重県伊勢市にある、二見浦の夫婦岩です。
何といっても注目は、国芳に負けていない太陽の光の表現。光が空にも海面にも放射状に広がっています。さらに、空も海も、太陽に近いほど明るい色でぼかしています。
夫婦岩は通常は海の中にありますが、潮が引くとご覧のように地続きとなる時があり、歩いて近づくことができます。この絵の人たちは、駕籠に乗ってやってきました。わざわざ縁台まで準備して日の出を待とうという、風流な人たちのようです。
波打ち際で日の出を眺めている人たちもいます。
最後にご紹介するのは、葛飾北斎の日の出。『富嶽百景』初編より「鏡台不二」です。富士山の山頂部と日の出がちょうど重なっている姿が、丸い鏡をのせる鏡台に似ていることからの命名でしょう。現代であれば、ダイヤモンド富士と呼ばれています。
この場所はどこか分かりませんので、この絵が初日の出を描いているとは言えませんが、おめでたい絵ですので、この記事では初日の出と思って鑑賞してください。
太陽から放射状に延びる光。モノクロの画面ですが、国芳や国貞にも負けない、北斎らしい華やかさが伝わってきます。
浮世絵に描かれた初日の出、いかがだったでしょうか?(後半は初日の出ではないかも知れませんが…)本物の初日の出が見られなかった時には、ぜひ浮世絵で初の日出を楽しんでください。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)