梅の浮世絵は空の色が赤くなりがちという話
歌川広重の晩年の代表作「名所江戸百景」。その中でもこちらの「亀戸梅屋舗」は、手前に臥龍梅の枝を拡大する構図が斬新であることや、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが模写したこともあって、「名所江戸百景」の中でも特に知られている有名な一枚です。
さて、この「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」、空が真っ赤に染まっていますが、なぜ空が赤いのか、気にしたことはあるでしょうか?ここまで空が赤いとなると、夕焼け、あるいは朝焼けのように見えます。
確かに「名所江戸百景」では、空を赤くすることによって、時間を意識させる作品がいくつもあります。例えば、「日本橋江戸ばし」では遠くの街並みの向こうが赤く染まっています。
この作品は、画面の右下に魚の入った盥が見えることから、魚売りが働き始める早朝の時間帯であることが分かります。遠くの空をよく見ると、朝日がが姿をのぞかせているのです。
また「目黒新富士」では、西の方角にある富士山の周りが赤く染まり、画面の上も赤茶色になっています。おそらく夕方が近いことを暗示しているのでしょう。
しかしながら、「日本橋江戸ばし」にしろ「目黒新富士」にしろ、空全体が赤く染まっているわけではなく、白い余白がほとんどの面積を占めています。「名所江戸百景」は全部で119点あるのですが、空の大部分が赤く染まった作品となると、たった2点しかありません。「亀戸梅屋舗」と「蒲田の梅園」です。
この2点、いずれも梅の庭園を題材とした作品です。広重は、梅の花を描いた絵だからこそ、空を赤くしたと推測されるのです。
そこで、広重が描いた他の梅の絵を見てみましょう。例えばこちらの「東都名所 亀戸梅屋舗ノ図」。空が薄い赤色に染まっています。
こちらは「江戸名所張交図会」。左下が亀戸の「梅屋舗」ですが、こちらも背景が薄い赤色です。
さらに、広重以外の浮世絵師の梅にも目を向けてみましょう。歌川国貞(三代豊国)の「十二月の内 衣更着 梅見」では、やはり空が真っ赤です。
広重の「名所江戸百景」の色合いとよく似ています。
同じく歌川国貞(三代豊国)の「春野遊初音聞ノ図」。画面の上半分以上が赤で、下の方が緑色になっています。広重の「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」を思わせる配色です。
ただし、これまで紹介したどの作品よりも、赤が濃く鮮やかになっています。
以上紹介しましたように、浮世絵で梅の花が描かれている際、背景が赤色になっているという作例を、特に幕末の作品の中でしばしば目にします。おそらく梅の花の白さを際立たせたり、あるいは春らしい雰囲気を演出したりするために赤を選んだのでしょう。
しかしながら、梅が描かれればすべて背景が赤色になるという訳ではありません。例えば、溪斎英泉の「江都梅屋舗臥龍梅之図」では、梅の周りはうっすらと赤くなっているのですが、画面の上の方は青色です。
さらに、歌川広重の「江戸名所 亀戸梅屋舗」のように、背景すべてが薄い藍一色で摺られているという作例もあります。(なお、この作品には赤色の一文字ぼかしに梅の周りが緑色になっている摺りもあります。)
今回ご紹介したかったのは、梅を描いた浮世絵では、背景が赤くなっているケースをしばしば見かけるということです。浮世絵の空の色を意識して見ていただくと、浮世絵の色の表現をより一層楽しむことができます。
さて、浮世絵の「赤」の表現に注目した展覧会がこちらです。オンライン展覧会でお楽しみいただけます。
また、歌川広重が描いた梅の浮世絵はこちらでも紹介しています。合わせてご覧ください。
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文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)