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三国志の劉備や関羽が、美女やマッチョにもなるというお話

こちらの美人画。作者は歌川国貞です。雪が降りしきる中、3人の美女たちが、傘をさしたり、お盆に載せた料理を運んだりしています。左側にある建物を訪問するところなのでしょう。これだけ見れば、ごくありふれた雪の日のワンシーンです。

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ここで題名を見てみましょう。「玄徳風説訪孔明 見立」と記されています。すなわち、『三国志演義』の劉備玄徳が、風と雪の中、諸葛亮孔明を訪れる場面であるというのです。

1141歌川国貞(三代豊国)2

劉備玄徳が諸葛亮孔明を訪れる場面といえば、皆さんご存じの「三顧の礼」。劉備が孔明を軍師として迎えるため、自ら三度も孔明の家を訪れ、やっと面会を果たしたという有名なエピソードです。

実は、この美人画を描いた歌川国貞、ちゃんとした「三顧の礼」の場面も描いています。タイトルも「玄徳雪中訪孔明」と、ほとんど似たようなものです。

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辺り一面の雪景色。右の方には孔明の屋敷が。玄関先には孔明を訪ねている劉備がおり、小間使いの子どもが対応しています。その左側には、部屋で書を読んでいる孔明の姿が。

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屋敷の前にある橋の上には、馬に乗った関羽と張飛の姿が。右の赤ら顔で髭が長いのが関羽、左が張飛です。玄徳に命じられて、すこし距離を置いているのでしょう。

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改めて先ほどの浮世絵を見てみましょう。雪が降る中、屋敷を訪れている3人の女性たち。題名を見れば、これは孔明の家を訪れている劉備、関羽、張飛の3人が、江戸時代の美女たちの姿に置き換えられているんだということにピンと気が付きます。ただし、誰が劉備で誰が関羽かははっきりしません。右側の食事を運んでいる女性は、劉備ではないでしょうが…。

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このような、歴史や物語の一場面を踏まえながら、江戸時代の人物の姿に置き換えることを、「見立」や「やつし」と呼んでいます(「見立」や「やつし」の定義についてはいくつかの見解があり、ここでは詳しい説明を省略します)。一種の知的なパロディと言えるもので、歴史や物語を教養として知っていれば、何気ない生活の一場面の絵だったとしても、そこにネタが仕込まれていることに気が付き、そのギャップをユーモアとして楽しむことができるのです。この場合であれば、中国の英雄が江戸の美女になっているというギャップです。

ちなみに、「三顧の礼」であることを暗示するのは、題名だけではありません。左側の建物にある扁額を見てみると「雅流光」の文字が。「がりゅうこう」と読めます。

1143歌川国貞(三代豊国)2

実は、2枚目に紹介した浮世絵にも記されていたのですが、孔明の家は「臥竜岡」=「がりゅうこう」にあります。すなわち「雅流光」の扁額は「臥竜岡」、孔明の家であることを暗示しているのです。

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屋敷の中をよく見ると、女性と子どもらしき姿が。孔明と小間使いの子どもになぞらえているのでしょう。

1143歌川国貞(三代豊国)3

このように「三顧の礼」に登場する劉備や関羽たちが女性の姿に変換されているのは、国貞の作品だけではありません。こちらは勝川春扇の「やつし玄徳雪中訪孔明」。

2038勝川春扇2

雪が降る中、屋敷を訪問する3人の美女。すでにお気づきのとおり、劉備、関羽、張飛を暗示しています。ただし、こちらも、誰が劉備で誰が関羽かははっきりしません。

2038勝川春扇3

屋敷の中にいる美青年は、間違いないく孔明です。はたして、この青年と3人の美女、どういう関係にあるのでしょうか。「三顧の礼」を知ってれば、これが三国志のパロディーだと分かって、さまざまな深読みを楽しむことができるのです。

2038勝川春扇4

さて、劉備や関羽たちは美女になるだけではありません。マッチョなお相撲さんになることもありました。こちらの作品は、やはり歌川国貞の筆によるもの。「英雄見立三国志」という題名です。左から、緋縅力弥、阿武松緑之助、稲妻雷五郎といった、人気の横綱や大関たちが3人が、輪になって食事をしています。

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題名に「見立三国志」とありますので、三国志好きの方であればすぐに気が付くことでしょう。劉備、関羽、張飛が義兄弟となることを誓った「桃園の誓い」の場面を暗示しています。

右端の第7代横綱である稲妻雷五郎が持っている扇をご覧ください。柳の枝のようなものが描かれていますが、顔の下で広げることによって、関羽の髭を暗示しています。ということは、稲妻雷五郎が関羽。

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中央に座る阿武松緑之助は、稲妻雷五郎よりも一代前の第6代横綱ですので、劉備でしょう。

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一番左端の緋縅力弥は大関。こちらが張飛になることでしょう。

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このように、浮世絵の中では、三国志のキャラクターである劉備や関羽たちが、美女や力士の姿になぞらえられることがありました。現代のゲームや漫画、アニメでも、歴史上のキャラクターの性別が転換したり、全く別のキャラクターに置き換えられたりすることがしばしばありますが、そのようなパロディーは江戸時代の頃からすでにあったのです。ちなみに、三国志以外のキャラクターも女性化するケースがありましたが、それはまた別の記事にて。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

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