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恋を読み解くー鈴木春信「つれびき」

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カキツバタが咲く池のほとりで、若い男女が体を寄せ合い、一棹の三味線を2人で弾いている。顔だけでは判別しづらいだろうが、右側が男性である。

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見極めるポイントは髪型だ。前髪を残したまま頭頂部を剃る若衆髷という髪型で、女性のように櫛をささないことを知っておくと覚えやすい。元服前の男性特有の髪型なので、この2人は若い10代のカップルということになるだろう。

男性が弦を指で押さえ、女性がばちで音を鳴らしている。奇麗な音色を出すには、よほど呼吸を合わせなければならない。

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2人で演奏する姿を当時の人々が見た時、実はある歴史上の人物を思い浮かべる。中国・唐時代の玄宗皇帝とその愛妻の楊貴妃だ。

※参考図版:鳥山石燕の絵本『絵事比肩』(早稲田大学図書館蔵)より「楊貴妃」。

2人で一緒に一管の横笛を吹いている「並笛図」が、男女の愛情の深さを示す画題として、広く知られていたのである。その玄宗と楊貴妃という古典的な画題が、今風の若者に変換されている。雅が俗に置き換えられることによって生まれるギャップが、この絵に上品なユーモアを漂わせるのである。

さらに、男女のまなざしにも注目してほしい。

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男性は女性の顔をじっと見つめるが、女性は自分の手元を眺めるばかりで、どこかそっけない。だが、下駄を脱いで足を組んでいるリラックスした仕草からすると、男性の熱心なまなざしもまんざらではないのだろう。

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あるいは、あえて恥じらいの表情を見せているのだろうか。わずかな動作に、恋の駆け引きが込められている。

浮世絵は、ちょっとした予備知識とともに、じっくりと細かく鑑賞することで、その世界をより深く味わうことができるのである。

※この作品は、オンライン展覧会「和装男子ー江戸の粋と色気」展に出品しています。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

初出:『毎日新聞』2020年12月21日(月)夕刊 「アートの扉:発見!お宝 太田記念美術館6」「鈴木春信 つれびき 寄り添う構図 深い愛情」

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