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世界最大の木版口絵コレクションー朝日コレクションの功績

太田記念美術館にて2021年5月21日~6月20日にて開催された「鏑木清方と鰭崎英朋 近代文学を彩る口絵―朝日智雄コレクション」展。明治20年代後半から大正初期、文芸雑誌や小説の単行本の巻頭に折り込まれた、木版口絵を紹介する展覧会でした。

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この展覧会には111点の作品が出品されましたが、その全てを朝日智雄氏という個人のコレクターからお借りしていました。

静岡県三島市にお住いの朝日智雄氏は、今から30年ほど前から木版口絵の収集を始めました。以下の引用は、朝日氏が口絵と出会った時の回想です。

ある日、豊田書房さんで二、三枚の「不思議な絵」に出会いました。線描が素晴らしく透明感のある彩色に引き込まれました。日本画?それとも水彩画なのだろうか?それにしては、薄い和紙に絵具がしっかりと裏まで抜けています。迷いのない線と濁りのない色彩が私の好みにピッタリでした。今は亡き古賀店主が言うには木版画とのことでした。木版画であるとは信じられませんでしたが、手ごろな価格だったので、とりあえず一枚買ってみました。(中略)ところが「不思議な絵」は私の嗜好と感覚に抵抗なく入ってきました。二、三月後、武内桂舟画「月下之美人」『文芸倶楽部』第二巻七編の木版口絵であることを知りました。
ー朝日智雄「口絵との出会い 挨拶にかえて」『明治・大正口絵と書物のはなし』(朝日コレクション明治・大正口絵作品集  附属ブックレット)、文生書院、2017年。

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朝日氏はそれ以来収集を続け、現在その収蔵点数は2500点以上にのぼっています。木版口絵の個人コレクションとしては、世界最大規模と言っていいでしょう。

また、朝日氏は、単に個人の趣味として木版口絵をコレクションするだけでなく、木版口絵の研究や啓蒙普及にも重要な役割を果たしてきました。

これまで木版口絵について重要な研究成果を積み上げてきたのが、山田奈々子氏であり、その一連の書籍を刊行してきた文生書院です。中でも、平成26年(2014)に増補改訂版が出された『木版口絵総覧』は、膨大な数がある木版口絵の基礎的な情報がまとめられたもので、この書によって口絵は飛躍的に整理しやすくなりました。太田記念美術館の「鏑木清方と鰭崎英朋 近代文学を彩る口絵」展も、山田氏の研究成果に大きく負っています。

この『木版口絵総覧』をはじめ、文生書院から刊行されている山田奈々子氏の数々の書籍に、朝日氏はご所蔵の作品画像を惜しげもなく提供されています。山田氏の貴重な研究成果を広く活用してもらう上で、画像の紹介はなくてはならないものであり、その重要な役割を担っているのです。

さらに、朝日氏自身も、平成29年(2017)に自らのコレクションを収録したDVD、『朝日コレクション:明治・大正口絵作品』を文生書院より刊行しています。これによって、多くの口絵を拡大した画像で閲覧することが可能となりました。

また、静岡県駿東郡長泉町にある特種東海製紙Pamにて「美人歳時記 文藝倶楽部口絵集」展を、平成29年(2017)5月15日~7月25日に開催。『文芸倶楽部』の口絵を中心に、約130点のコレクションを紹介しました。朝日コレクションの名品図録も刊行されています。

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さらに、立命館大学アート・リサーチセンターにおいて、朝日コレクションのデジタル化やデータベースの公開が進められています。これからの木版口絵研究に大いに役立つことでしょう。

このように、朝日氏は、さまざまな形で木版口絵の魅力の発信に努めてきました。太田記念美術館でも、朝日氏のコクレションを浮世絵ファンの方に広く知ってもらいたいとの思いから、「鏑木清方と鰭崎英朋 近代文学を彩る口絵―朝日智雄コレクション」展の開催をお願いし、ご快諾をいただくことができました。

木版口絵に限らず、美術品の魅力を広く大勢の方に知っていただくためには、博物館や美術館だけでなく、美術品を数多く収集しているコレクターの存在を欠かすことができません。特に、木版口絵のような、現時点ではその価値が十分に理解されていない美術品については、コレクターの深い愛情と審美眼がなければ、その魅力を広く伝えるきっかけ自体を作ることができないのです。

木版口絵の魅力を知っていただきたいのはもちろんですが、その背景にある、朝日氏のこれまでの収集のご努力も想像していただければ幸いです。

なお、文生書院から刊行された山田奈々子氏の著書を以下にご紹介します。木版口絵についてもっと知りたいという方は、ぜひご覧下さい。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

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