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動物たちが奪衣婆にねがい事をした結果・・

歌川国芳「流行おばアさん ねがいしようじゆ」大判錦絵 嘉永2年(1849) 個人蔵

嘉永2年(1849)、江戸では回向院でご開帳のあった「お竹如来」、内藤新宿正受院の「奪衣婆だつえば」、日本橋の「翁稲荷」という3つの神仏が大ブームとなります。多くの参詣者がこれらの神仏をお参りし、歌川国芳を中心とする浮世絵師たちは、このブームを題材に、ユーモアたっぷりの作品を多数描きました。

図は嘉永2年の流行神の一つである、内藤新宿正受院しょうじゅいんの奪衣婆像を題材にした作品。奪衣婆とは、三途の川のほとりで亡者の衣服を剥ぎ取る鬼婆のことで、江戸時代末期には民間信仰の対象となって親しまれました。奪衣婆を描いた他の浮世絵については、下記の無料記事もご参照ください。

図では 奪衣婆が横たわって動物や人間、雷様などが願い事をしています。その構図はどこか仏教美術の画題のひとつである、釈迦涅槃図しゃかねはんずを思わせるものとなっています。

「むかしむかし、大そうに願いのきくおばあさんがあったとサ。そのおばあさんにいろいろな願をかける所が、どんな事でも正直な事ならかなわぬ事なく、人間はおろか、その外何事もかなうゆへ」
※読みやすいように原文を一部現代仮名遣いに書き換え、句読点を加えました。

画中の上の方に書き込みがあり、昔話のような書き出しで文章がはじまっています。正直な願いならかなわぬことはないという奪衣婆のところへ、人間はもちろん、さまざまな動物たちが願掛けに訪れたとのこと。

前掲の無料記事に紹介された作品のように、奪衣婆に人間たちが好き勝手な願い事を述べる作品は当時何種類も出されているのですが、本図は人間ばかりか動物たちまで奪衣婆に願い事にきたという設定がユニークです。では、動物たちがどんな願い事をしたのか見ていきましょう。

牛と馬

「牛馬は力の出るやう」

まず最初に牛と馬の願い事。荷物を運ぶからでしょうか、「力が出ますように」と言っています。

「鼠は猫に会わぬやう」

続いて鼠。「猫に会わぬように」とのこと。鼠にとって猫は天敵ですから、もっともな願いですね。

「猫は鼠のとれるやう」

続いて猫の願いは、逆に「鼠がとれますように」とのこと。

猪と狼

「しし、狼は狩人に会わぬやう」

ししは猪のこと。猪と狼は「狩人に会いませんように」と言っています。切実な願いですね。

「龍は天上するやう」

龍は「天上するように」と言っています。天上は「天に上る」という意味と思われます。

「雷はようきの狂わぬやう」

なんと雷様も願い事にきているようです。「ようき」とは陽気のことと思われ、つまり「気候が狂わないように」ということでしょうか。

「狐は鳥居の数を越すやうに」

狐が何度も鳥居を飛び越えると稲荷大明神になれるという俗説を指しているものと思われます。

魚と鳥

「魚は網にかからぬやう」

「鳥は鳥刺しにあはぬやう」

魚は「網にかかりませんように」、鳥は「鳥刺しに会わないように」と言っています。鳥刺しは小鳥を捕らえることを生業にする職業のこと。魚と鳥は文章には出てくるものの、画中には描かれていないようです。

狸の願い事は・・?

全て生あるものは、残らず願いしに不憫の事におぼしめし、皆々願をかなへておやりあそばせしに

さて、すべての生あるものたちが願い事を終え、奪衣婆は皆の願をかなえてやったそうです。冒頭にの文章に「どんな事でも正直な事ならかなわぬ事なく」とありましたので、皆正直な願い事をしたのだと思われます。

しかし・・

狸の願いばかりは聞き給わず、そこで狸が言うには、なぜ私の願いばかりはかないませぬと言えば

狸だけは願い事がかなえられなかったとのこと。狸が「なぜ私の願いだけがかなわないのですか?」と聞いたところ、奪衣婆から衝撃の答えが返ってきます。

それでも昔手前は、俺が子分を汁にしてぢぢいに食わせた事があるだらう

奪衣婆は、昔話の「かちかち山」で、悪だぬきがおばあさんを騙して「婆汁」を作り、おじいさんに食べさせたという一件に恨みを持っていたようです。「かちかち山」のおばあさんは、奪衣婆の子分だったという設定になっています。

改めてたぬきの姿を見ると、奪衣婆の発言を受けて、呆然とたちつくしているようにも見えてきます。

文章中には狸の願い事が書かれていませんので、単に奪衣婆が昔の恨みをはらしただけなのか、さらに狸が正直でない願い事をしたのかははっきりとしません。

以上、動物たちが奪衣婆に願い事をする様子をお伝えしました。

最後に、画中文字の全文を掲載いたします。

〽むかし/\大そうにねがひのきくおばアさんがあつたとサそのおばアさんにいろ/\なぐわんをかける所がどんな事でも正ぢきな事ならかなハぬ事なく人げんハおろか其外なに事もかなふゆへ牛馬ハちからのでうやうねづミハねこにあハぬやうねこハねづミのとれるやうしゝおほかミハかりうどにあハぬやう魚はあミにかゝらぬやう鳥ハといさしにあハぬやうりやうハ天じやうするやうかみなりハようきのくるハぬやうきつねハとりゐのかずをこすやうにとすべてしやうあるものハのこらずねがひしにふびんの事におぼしめしミな/\ぐわんをかなへておやりあそバせしにたぬきのねかいはかりハきゝ給ハずそこでたぬきがいふにハなぜわたくしのねがひばかりハかなひませぬといへバ〽それでもむかし手まへハおれが子ぶんをしるにしてぢゞいにくわせた事があるだらう

江戸時代の流行神を紹介した「信じるココロー信仰・迷信・噂話」展。現在、同展のオンライン展覧会を有料にて配信しています。56点の浮世絵の画像や解説を収録しており、上で取り上げた作品はもちろん、他の奪衣婆の浮世絵も収録しています。ぜひご覧ください。

文:渡邉晃(太田記念美術館上席学芸員)

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