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浮世絵のなかに夢中で遊ぶ猫を探してみた

浮世絵には、江戸時代の人々に家族の一員として愛された猫たちが数多く登場します。そこで今回は、夢中で遊ぶ飼い猫たちの姿を中心にご紹介いたします。

月岡雪鼎「髪すき」天明6年(1786) 絹本着色一幅

季節は冬。こたつに入った女性が髪を結ってもらいながら手紙を読んでいます。そしてその手紙の端では・・・

012 181②月岡雪鼎「髪すき図」猫

ヒラヒラ揺れるのが面白いのでしょう。赤い紐が結ばれた飼い猫が、手紙の揺れに合わせて踊るようにじゃれついています。ちなみに本図は肉筆画。柔らかな筆使いで猫のフワフワとした体毛が表されなんとも愛らしいですね。

一方女性は、猫が手紙で遊ぶ様子を穏やかに見守っています。作者の月岡雪鼎は大坂の画家。豊麗な女性描写が特徴的ですが、生活感のある本図は穏やかな日常を切り取ったものとなっています。

勝川春章「子猫に美人図」安永9~天明3年頃(1780~83) 絹本着色一幅

若い女性が着替えようとしているところです。着物の裾や帯の端が揺れるとなれば・・・

やっぱり飼い猫がじゃれついてきてしまいました。

002 151勝川春章「子猫に美人図」少女

着替えもままならなくなってしまった娘。口を開けていますが、転がるようにして遊ぶ愛猫に注意しているのかもしれません。困ったけれど仕方がない、そんな表情にも見えます。

豊原国周「見立昼夜廿四時之内 午后八時」明治24年(1891) 大判錦絵

夜8時、裁縫仕事に励む女性が手にするのは赤い布。針の動きにあわせてその端がヒラヒラと動くのでしょう・・・

背後から顔を出した飼い猫が、布にじゃれついてしまいました。

「あらあら困ったわ」という言葉が聞こえてきそうな女性の表情。せっかく縫った布を猫に破られても困ってしまいますね。

鳥文斎栄之「略三幅対やつしさんぷくつい女三之宮おんなさんのみや」寛政4~10年(1792~98)頃 大判錦絵3枚続のうち1枚

これまで見てきた作品と少し雰囲気の異なるこちらは、『源氏物語』の登場人物、女三宮の見立てとなっている1点。視線の先、着物の裾では・・・

133-2 191鳥文斎栄之2

飼い猫が紐にまとわりついてじゃれています。女三宮は、飼い猫が御簾を跳ね上げてしまったため、若い貴族、柏木にその姿を見られてしまい、これが二人の不義の関係の発端となります。多くの人々の運命を狂わせてしまった重大な役回りをした猫なのです。女三宮と猫は、当世風美人を描きながら古典世界を連想させることができる画題として、浮世絵においてもとても好まれました。

北尾重政「美人戯猫図びじんぎびょうず」天明5年(1785)絹本着色一幅

さてこちらは高位の遊女の座敷。床の間に置かれた琴や水墨画が描かれた屏風などが遊女の格の高さをうかがわせます。飼い猫を紐でつないでいるようですが・・・

猫は体に絡まった紐で嬉々として遊んでいます。

011 142北尾重政「美人戯猫図」遊女
011 142北尾重政「美人戯猫図」禿

言うことを聞かない猫に遊女はちょっと怒っているのでしょうか。お付きの禿はほとほと困った様子。

ちなみに、女三宮の見立て絵と、女性のポーズや猫の配置がよく似ています。確証はありませんが、本作の鑑賞者も『源氏物語』の古典世界を思い浮かべたかもしれません。

お次は夢中で遊ぶ、とはちょっと違うのですが、喜多川歌麿「針仕事」(寛政6~7年[1794~95]頃、大判錦絵3枚続のうち2枚)をご紹介。

006 喜多川歌麿

女性たちが針仕事に精を出すある日。画面右下の少年は誰も遊んでくれず退屈だったのか・・・

猫に鏡を見せるいたずらを始めたようです。

猫は、鏡の中の自分自身に対して全身の毛を逆立てて威嚇しています。いたずら好きの猫も今回ばかりはとんだ災難です。

小林清親「カンヴァスに猫」明治13年(1880) 大判錦絵

一見、油絵のような本作は明治時代の版画。

画中画の、カンヴァスに描かれた写実的な鶏に対して大興奮なのが2匹の飼い猫。そのリアルさに本物と思って飛びついたり、

全身を使って威嚇しています。筆やパレットが飛び散る様子も猫たちの動きの激しさを表しています。

浮世絵のなかにさまざまに遊ぶ猫を見てきました。時代は変わっても、無邪気に遊ぶ猫の可愛らしさは変わりません。また、浮世絵では女性と描かれることが多いのですが、女性たちは猫に対して笑ったり、困ったり、怒ったりと、豊かな表情を見せています。絵の中の猫は、女性の魅力を引き出す役割も担ったようです。

さらに、今回ご紹介した作品で最も時期が早いものは月岡雪鼎「髪すき」天明6年(1786)、遅いものは豊原国周「見立昼夜廿四時之内 午后八時」明治24年(1891)。表現には時代による変化が見られ、また描かれた場面も、日常の一コマから古典世界を思わせるものまで多様です。こうした多彩な作品群からは、江戸から明治にかけての100年以上もの間、猫たちが日々の暮らしや文化に深く根ざした存在であったことが伝わってくるのではないでしょうか。

文:赤木美智(太田記念美術館主幹学芸員)

今回ご紹介した作品は、2022年7月30日(土)~9月25日(日)開催の「浮世絵動物園」にて展示いたします。展覧会の詳細については、改めて美術館ホームページにてお知らせいたします。どうぞお楽しみに。

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※本記事で紹介した作品の掲載書籍はこちら


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