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町で働く猫たちをご紹介します
歌川芳藤の「しん板猫のあきんどづくし」では、猫たちが、人間さながらの姿になって、町でさまざまな商品を売り歩く仕事をしています。今回は、一生懸命働く猫たちの様子を詳しくご紹介しましょう。左上から順番に見ていきます。
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①読売
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2匹とも、ちょっと変わった形の笠を頭に被っていますが、八つ折編笠というものです。いろは歌や流行の童謡の本を、読み唄いながら売り歩く読売という商売です。「これまでが上の文句。さよふ、さよふ」「これからが面白い。さあ一ツ読みまう」と、2匹で仲良く相談しています。
②しゃぼん玉売り
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しゃぼん玉を吹いて子どもたちを集めるしゃぼん玉売り。「玉や玉や」と声をかけながら、しゃぼん玉を売りました。江戸時代のシャボン玉の原料は、ムクロジの実や芋がらの粉が使われたそうです。箱を首からぶら下げ、傘をさすというのが定番の格好でした。
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空中をふわふわと浮かぶしゃぼん玉に、小さな子どもたちは興味津々のようです。両手を挙げて走り寄っている姿が可愛らしいですね。
③海ほおずき売り
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海ほおずきとは、巻貝の卵嚢のこと。植物のほおずきと同じように、口に含んで音を鳴らして遊ぶ、子供向けのおもちゃでした。本来は黄色い色をしていますが、赤く染めたものもありました。「海ほふづきや」「ほふづきや、ほふづきや」と声をかけています。
④女太夫
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菅笠を被り、三味線の弾き語りをして歩いています。正月になると編笠を被り、鳥追いと呼ばれました。「ほんに思へばいたづらな 人の前髪なんのその」とありますが、唄の一節でしょうか。
⑤かりんとう売り
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「深川名物、うまいわ、かりんとふ」と声を出しながらお菓子のかりんとうを売る、かりんとう売り。夜に販売していたため、大きな提灯を持っています。江戸の町では天保年間(1830~44)から大流行したそうです。
⑥板返し売り
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板返しとは、小さな長方形の板をいくつもつなぎ、その端の板を持ってぶら下げると板の表が次々と現れるというおもちゃです。団十郎のからくり屏風、あるいは、パタパタなどとも呼ばれています。「じやのがさ早変わり」「ハツハとふりニ変わる」と話しています。
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パタパタと模様が変わっていくのを見て、おんぶされた子どもは両手を挙げて大はしゃぎ。板返しの不思議な動きに驚いているようです。
⑦飴売り
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鉦を鳴らし、「飴お買ったら凧やろな」と声をかけながら飴を売り歩いています。担いでいるのは足の長い飴桶。飴を買うと景品でもらえる小さな凧が、藁束にさされています。
⑧信太巻き売り
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信太巻きとは、袋状の油揚げの中に、野菜や魚介類、豆腐などいろいろな食材を詰めた食べ物。風呂敷を背負ったお使い途中の小僧が、小腹が空いたのか、一つパクリと食べています。信太巻き売りは江戸っ子なのでしょう。「本家本元、ひのだまきわこれでござい」というセリフですが、信太巻きの「し」が「ひ」になっています。
⑨飴の鳥売り
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ストロー状のヨシの茎の先端に飴をつけ、逆側から息を吹きかけて、ふくらませる飴細工。小さなハサミを器用に使って、あっという間に鳥の形に仕上げます。客の注文に応じてさまざまな形を作ったようで、丸い形や、纏の形、人の形など、いろいろな飴細工が並んでいます。
⑩白玉売り
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白玉は白玉粉で作ったお団子のこと。暑い夏の季節には、冷たい水の中に入れ、路上で販売しました。「一ッぱい、一ッぱい」と声をかけています。
⑪枝豆売り
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赤ん坊猫を背負いながら、籠いっぱいに入った枝豆を抱えるているお母さん猫。「ゑだまめや、うでまめ」と声をかけています。
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そこに小さな女の子猫が走り寄ってきました。「豆屋さん、豆おくれ」と小銭を差し出す様子が可愛らしいですね。背中にはお人形をおんぶしています。
⑫酒売り?
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いくつもの徳利を紐でぶら下げ、肩に桶の紐を掛けています。似たような恰好をしている物売りが見つからず、また、この猫もセリフがないため、何を売っているのかはっきり分かりません。徳利なので酒売りとしましたが、現在調査中です。
⑬瓦版売り
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世の中で起きた事件を伝える瓦版を売っています。セリフは「これはこのたびの新版。親孝行の次第お、ご覧じまし」。最近話題となっている親孝行の話の顛末が記されているようです。
⑭歯磨き粉売り
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歯磨き粉の入った袋と楊枝を手にして売り歩いています。大きな黒い薬箱には「口中一切」という文字が。売り声は「口中一切、楊枝、歯磨き」です。
⑮魚売り
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頭に鉢巻を巻いた威勢のいい魚売り。「今日はカツオにタコでごさい」と声をかけているように、今日のお勧めはカツオとタコ。魚の入った桶の上にはまな板が載っており、その場でさばいて売ってもいました。
⑯寿司売り
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寿司の入った箱をたくさん積み重ねています。「コハダの寿司、コハダの寿司」と声を出しているように、寿司ネタは光物のコハダ。酢で締めたコハダは、江戸前の握り寿司に欠かせない、人気の寿司でした。
⑰煮豆売り
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担いでいる箱に「座ぜん豆」「さぜん豆」と書いてありますが、これは座禅豆のこと。甘く煮しめた豆です。「煮豆、インゲン豆」と声を出しているので、インゲン豆も販売していたようです。また、担ぐ箱には「漬ものるい」とありますが、煮豆売りは豆だけでなく、漬物も一緒に販売していました。
以上、町で働く猫たちをご紹介しました。呼び止めて、ぜひ猫たちから何か買い物をしてみたいですね。
この歌川芳藤「しん板猫のあきんどづくし」は、太田記念美術館監修『浮世絵動物園 江戸の動物大集合!』にも掲載されています。
参考文献:三谷一馬『江戸物売図聚』立風書房、1980年。
文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)
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