ネズミVS人間のいさかいをリポートしてみた
今回ご紹介するのは、ネズミと人との小競り合いを描いた四代歌川国政「しん板ねづミのたわむれ」(明治15年[1882]大判錦絵)。では早速、見ていきましょう。
一段目 夜、ネズミの暗躍と翻弄される人々
まずは一段目。夜中に突然ネズミが現れたのでしょう、寝間着姿の夫婦と子供が大騒ぎをしています。
勇ましく応戦する男性。右手に枕、左手にほうきを手にしています。右足で踏みつけるのはネズミ捕りの仕掛け、「枡おとし」に使った一升枡。棒で支えて立て掛けた一升枡の下に餌を置き、これにネズミが触ると枡が覆いかぶさる、はずなのですが、ネズミが捕まった様子は全くありません。
それどころか・・・
ネズミは行灯から照らされながら登場する始末。実はこれ、歌舞伎『伽羅先代萩』に登場する、お家乗っ取りを企みネズミの妖術を使う悪人、仁木弾正をふまえたもの。
舞台で弾正は、床下で警護する荒獅子男之助をネズミに化けてあざむき、上図のように「スッポン」から登場します。本図のネズミは人間の罠を出し抜いてやった、ということなのでしょう。
ネズミには弾正の額の傷もあります。くわえた巻物はロウソクに。
三味線と太夫の姿も見えます。
こちらのネズミは、幕開きや幕切れに「チョンチョンチョン・・・」と響かせる柝(いわゆる拍子木)を持っているように見えます。通常は狂言作者が担うので、このネズミも狂言作者でしょうか。
一方、人間の子供は
木で床を叩いて効果音を出しているように見えます。これも歌舞伎のツケ打を真似ているのでしょう。父親を鼓舞しているのか、ネズミの登場を盛り上げているのかはわかりませんが、なんだか楽しそうです。
ネズミたちははやしたり、のんびり眺めたりと余裕の様子。なんにせよ、ここではネズミが優勢のようです。
二段目 人間たちの逆襲
反撃に出た人間たち。
画面右に立つのは「鼠とり薬屋」。江戸時代後期から、ネズミ駆除に有効な殺鼠剤が「石見銀山」の名称で普及し、行商によって販売されていました。その行商人はこのような幟を持っていたことが知られています。
ネズミを捕まえ拳を振り上げるこちらは「西洋鼠とりや」。かご式の罠を持っているようです。とはいえ、「西洋」がつくこちらが月代に髷の髪型で、江戸時代以来のネズミ取り薬屋が散切り頭となんだかチグハグな感じです。
さてこちらは「おんなねこ」。猫はもちろんネズミの天敵です。
三味線をふりあげ粋な着こなしを見せるこの猫は芸者がイメージされているようです。猫の皮を用いた三味線を弾く芸者の異称に、「猫」があったことをふまえているのでしょう。
ネズミの家族たちは干した洗濯物もそのままに、ほうほうの体で逃げ出しています。
腰を抜かしたり、泣き出す女の子ネズミも。
三段目 大物の登場とネズミの勝利
人間たちに追い立てられたネズミたちも反撃です。登場したのはなんと大黒天。あっかんべーをしているようなお顔です。
大黒天は七福神の一柱であり、福や財宝を与える神として親しまれています。そして特に白ネズミは、大黒天の使いとしても知られていました。
そのため江戸時代、上記のような大黒天とネズミが結びついた作品も多く描かれています。ちなみに左図は上部に注連縄と門松が描かれた新年を祝う作品。右図は子年である安永9年(1780)の「絵暦」と称される、正月に配られた簡易的な暦です。絵暦には干支や鶴、亀などおめでたい動物が多く用いられました。
さて本作では俵や打ち出の小槌、大きな袋など、大黒天にまつわるモチーフが描き込まれますが、手にした三方には小判が、背後にも小判のなる木が見えています。
画面左に見えるのは蔵。ネズミがいなくなるということは、福の神である大黒天も去ってしまい財産が消えるということなのでしょうか。ネズミの味方となった大黒天を前に、人間たちはうなだれるしかありません。
これを見守るネズミたちも「まいったか」と言わんばかりの表情です。
まさかの結末が待っていた人とネズミのいさかい。こうした逆転劇からは、ネズミが衣類や食物をかじったり食べてしまう害獣としてだけでなく、おめでたい動物としてのイメージもあったことが伝わります。
ちなみに鼠は、多産であることから子孫繁栄を象徴する動物としても縁起が良いとされました。なかでも擬人化された鼠の嫁入りは、室町時代から続く画題で、江戸時代には赤本(子供向け絵本)にも登場しています。
ネズミを巡るさまざまなイメージは、日本人とネズミがながい時間をともにするなかで育まれたもの。多彩な関係性があればこそ「しん板ねづミのたわむれ」のようなユニークな作品も描かれたといえるでしょう。
文:赤木美智(太田記念美術館主幹学芸員)
今回ご紹介した「しん板ねづミのたわむれ」「鼠の相撲」は、2022年7月30日(土)~9月25日(日)開催の「浮世絵動物園」にて展示いたします。展覧会の詳細については、改めて美術館ホームページにてお知らせいたします。どうぞお楽しみに。
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