江戸時代の吉原遊郭の街並みをご案内します
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江戸時代の吉原遊郭の街並みをご案内します

以前の記事で、江戸市中から吉原遊郭への道のりをご紹介しました。

今回は、江戸時代後期の吉原遊郭の内部の様子がどのようになっているかをご案内しましょう。

まずは、吉原遊郭をはるか上空から見下ろした浮世絵をご覧下さい。二代歌川広重の「東都 新吉原一覧」です。吉原遊郭は四角い形をしており、周囲は田んぼで囲まれています。

当時の地図も見てみるとよく分かるかと思います。吉原遊郭は横が約330m、奥行きが約250m弱の四角い形をしていました。文字通り「郭」=囲まれた場所だったのです。

浮世絵にはあまりはっきりとは描かれていませんが、吉原遊郭の周囲には塀が張り巡らされ、さらにその外には「お歯黒どぶ」と呼ばれる、5m以上も幅がある堀がありました。遊女たちが吉原遊郭の外へ抜け出たいと思っても、このお歯黒どぶが行く手を阻んだのです。

お歯黒どぶの様子が分かる浮世絵をもう1点ご紹介しましょう。歌川広重の「東京名所新吉原五丁町弥生花盛全図」です。

画面の右下をアップにしてみます。

石垣があり、その上に塀が張り巡らされています。黒い門の外には、お歯黒どぶを渡れる橋があったのですが、通常はこのように折り畳まれた上、裏に釘のようなものが付いており、渡ることができませんでした。

四方を塀と堀に囲まれていた吉原遊郭への入口は一つしかありません。吉原遊郭の北側にある大門(おおもん)です。

下の絵はその大門を正面から描いた、歌川豊春の「江戸名所新吉原之図」です。大門は、明治末には鉄製のアーチ型の門になりますが、江戸時代は質素なたたずまいをしていました。

では、吉原遊郭の中に入ってみましょう。吉原遊郭の区画をざっくりと図式化してみました。

大門をくぐると、メインストリートとなる仲の町(なかのちょう)が真っ直ぐに伸びています。右側は江戸町一丁目、揚屋町、京町一丁目、左側は伏見町、江戸町二丁目、角町、京町二丁目が並んでいました。先ほどの広重の浮世絵に重ねてみますと、こんな感じです。

仲の町は最も往来の激しい通りです。両脇には引手茶屋が並び、高級な遊女屋にあがろうとする客たちは、まず引手茶屋に足を運びました。

春の季節になると桜が植えられます。吉原遊郭は夜になっても町の中に明かりが照らされていたので、夜桜を楽しむことができる貴重な場所でもありました。下の浮世絵は溪斎英泉の「東都名所尽 新吉原夜桜之光景」。右奥が大門、手前が仲の町。通りの脇には引手茶屋が並びます。

仲の町を奥まで進んだ突き当りは、水道尻と呼ばれています。ここには、火除けの神様である秋葉権現を祀る、秋葉常灯明という大きな銅製の灯籠がありました。

花魁たちのいる遊女屋は、仲の町ではなく、江戸町一丁目や江戸町二丁目など、仲の町と直角に交差する通りに面したところに並んでいました。

例えばこちらは江戸町一丁目。仲の町から入る入口には門があります。そして、通りの両側にずらりと遊女屋が立ち並んでいます。

遊女屋の前には大勢の人がおり、何やら建物の中を覗き込んでいるようです。

こちらは葛飾応為の「吉原格子先之図」。遊女屋は通りに面した側に格子があり、その中で花魁たちが客引きのために座っていました。遊女屋の中の様子については、また別の記事でご紹介します。

さて、一見したところ華やかに見える遊郭ですが、遊女たちはけっして恵まれた環境で仕事をしていた訳ではありません。特に年齢を重ねた貧しい遊女たちは、河岸見世という最下級の遊女屋で働いていました。河岸見世があったのが、羅生門河岸や西河岸と呼ばれる、お歯黒どぶに面した通りです。

下の絵は、歌川豊国の『絵本時世粧』(国立国会図書館蔵)より、河岸見世の場面です。格子の中から女占い師に声をかけるという、遊女たちの日常の様子が描かれています。

以上、江戸時代の吉原遊郭の街並みを浮世絵を通して紹介しました。浮世絵で描かれる遊郭は、大衆に向けて華やかさを発信する宣伝のようなものです。当時の人々が憧れるような場所が切り取られている一方、うらぶれた場所や遊郭での厳しい生活はほとんど描かれることがありませんでした。その点も考慮に入れながら、遊郭を描いた浮世絵をご覧いただければ幸いです。

文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)

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