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江戸時代のイヌが雪の中を駆けまわっているのか、確かめてみた。
童謡「雪」では、雪が降ると「♬犬は喜び、庭駆けまわり~、猫はこたつで丸くなる~」というフレーズがあります。以前の記事では、こたつで丸くなっている江戸時代のネコたちを紹介しました。
それでは、江戸時代の犬たちは雪が降ると喜んで庭を駆け回るのでしょうか?今回は、歌川広重が描いた浮世絵の中から、雪の中の犬たちの様子をご紹介します。
まずは「名所江戸八景 浅草の暮雪」という作品です。雪が降り積もる中、傘をさしながら隅田川のほとりを歩く3人の女性たち。背景には吾妻橋や浅草寺が見えます。
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左下の隅っこをご注目ください。1匹の子犬がいます。江戸時代、町の中にいる犬といえば、ちゃんとした飼い主に飼われているペットではなく、勝手に住み着いている野良犬でした。この子犬も野良犬なのでしょう。
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子犬は、足元をじっと見つめて、前足で雪を踏みつけようとしています。もしかしたら、生まれて初めて見る雪なので、不思議に思って踏み踏みしているのかも知れません。ただ、雪の中を駆け回っているといった素振りは、まったくありませんね。
次は「名所江戸百景 深川木場」です。材木置場の風景です。
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こちらも左下にご注目。今度は子犬が1匹増えて2匹に。向かい合って、お互い相手をちょっと警戒しているのでしょうか。あるいは楽しくじゃれ合おうとしているのかもしれません。いずれにしろ、こちらの子犬たちも、走り回ってはいないようです。
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三番目は「江戸高名会亭尽 亀戸裏門」。玉屋という料亭の店先です。
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左下にご注目。子犬が今度は3匹になりました!
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料亭の店先でたむろする子犬たち。3匹仲良く、輪になって雪の中をぐるぐると歩いている感じがします。もしかすると、料亭で余った料理をくれないかと待っているのかもしれません。ただ、走り回ってはいないようです。
歌川広重の浮世絵をさらに見てみましょう。こちらは「名所江戸百景 びくにはし雪中」。左に大きく「山くじら」と書かれた看板がありますが、これは猪の肉を出すお店のこと。当時は動物の肉を食べることを良しとしなかった風潮があったので、猪の肉を「山くじら」と称していました。
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右端には「〇やき」「十三里」の看板がありますが、これは焼き芋屋さんの看板。十三里とは、「栗(九里)より(四里)上手い十三里」という、焼き芋の美味しさを洒落た宣伝文句でした。
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この焼き芋屋の前をよく見ると、3匹の犬がたむろしています。右端の犬はまだ子犬のようですね。みんな、焼き芋のおこぼれを待っているのでしょうか。やはり、この作品でも犬たちは走り回っていません。
しかも、さらにおとなしい犬たちもいるようです。こちらは「忠臣蔵 敵討引取」。吉良邸に討ち入り、見事本懐を遂げた赤穂浪士たち。この後、亡き主君である浅野内匠頭が眠る泉岳寺へと向かいますが、吉良上野介の首を奪われることがないよう、別ルートで舟で運んだという場面です。
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落ち合った場所は、泉岳寺のそばの高輪大木戸。画面の左端に見える石垣がそれです。さて、画面の左下を見てみましょう。
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子犬たちは走り回るどころか、大人しく座っています。もしかしたら、この子犬たちも赤穂藩ゆかりの犬たちで、吉良の首の到着を待っていたのでしょうか。
以上紹介したように、太田記念美術館のコレクションの中から、広重の描いた雪景色を探してみたのですが、走り回っている犬の姿はなかなか見つけることができませんでした。
太田記念美術館が所蔵する広重の浮世絵の中で、唯一走っている犬の絵がこちら。
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しかし作品全体を見てみますと・・・
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「忠臣蔵 討入」。赤穂浪士たちの討ち入りの様子。しかも、炭小屋に隠れていた吉良上野介を発見し、合図の笛で仲間たちに伝えているというクライマックスの場面です。犬の姿をよく見ると、騒々しいのが嫌で、一目散で逃げている感じです。
そもそも犬たちが雪の中を走り回るのは、見慣れた景色に雪が降っているのが珍しくて興奮しているのであって、雪そのものに興奮しているのではないそうです。ですから、雪国の犬たちは雪が降っただけでは走り回ったりしないとのこと。現代よりも雪の降る量が多かったと推測される江戸時代。浮世絵を見る限りの話ですが、犬たちにとって、雪はそれほど珍しいものではなく、庭を駆け回るような気持ちにはならなかったようです。
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文:日野原健司(太田記念美術館主席学芸員)
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