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月岡芳年 記事まとめ

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月岡芳年が描いた浮世絵が登場する記事をまとめました。
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#月岡芳年

【オンライン展覧会】月岡芳年 月百姿

太田記念美術館にて、2024年4月3日~5月26日開催の「月岡芳年 月百姿」展のオンライン展覧会です。 note上では、画像をクリックすると、より大きなサイズでご覧いただけますので、美術館で実物をご覧いただくような感覚でお楽しみいただけます。 オンライン展覧会の入館料は1,800円です。無料公開の下にある「記事を購入する」をクリックしてご購入ください。一度記事をご購入されると無期限でご覧いただけます。いつでも、どこでも、お好きな時に「月岡芳年 月百姿」展をご鑑賞いただけます

¥1,800

猫が大好き過ぎる花魁・薄雲のお話

2020年8月17日、太田記念美術館のツイッターにて、月岡芳年の「古今比売鑑 薄雲」を「猫が大好き過ぎる花魁」と紹介したところ、予想を上回るリツイートやいいねがありました。 アクセサリーである簪の飾りが猫に。 着物の柄も猫。 着物の紋も猫。 Twitterでは「仕事の最中でも可愛がるので、妓楼の主人が見かねて猫を遠ざけると、病気になって寝込んでしまうほど。」と紹介しましたが、この薄雲という花魁、元禄時代に実在しました。薄雲と猫にまつわるエピソードも『近世江都著聞集』や

平安時代の悲しい恋のお話ー月岡芳年の浮世絵より

明治時代の浮世絵師、月岡芳年が描いたこちらの作品。 船の上にいる女性が琵琶を抱えていますが、演奏はしていません。 顔をよく見ると、目頭を押さえて、流れる涙をとどめようとしているようです。 明治19年(1886)に制作された月岡芳年の「月百姿 はかなしや波の下にも入ぬへし つきの都の人や見るとて 有子」という浮世絵です。Twitterでも紹介しましたが、実は、せつなくも悲しい、恋の物語を描いているのです。 この浮世絵の典拠となるのは『源平盛衰記』第3巻。 平安時代後期

本能寺の変を月岡芳年も描いてみた。

本能寺の変は、天正10年(1582)6月2日、京都の本能寺に滞在していた織田信長に対し、家臣である明智光秀が謀反を起こした事件のこと。以前、別記事にて、歌川国芳による本能寺の変の浮世絵をご紹介しましたが、国芳の門人である月岡芳年も、本能寺の変を描いています。 月岡芳年が描いた本能寺の変が、こちらの「京都四条夜討ノ図」。元治元年(1864)の制作です。右端にいる織田信長が、敵兵に槍を突き付けられている場面を描いています。 実は江戸時代、浮世絵版画の中で、天正年間(1573~

月岡芳年は明智光秀推しだった?というお話

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公は明智光秀ですが、以前に月岡芳年の「月百姿」を調査していた際、明智光秀とその家臣たちを扱った作品が多いなと感じていました。もしかしたら芳年は明智光秀が好きだったのかも?ということで、「月百姿」の明智光秀と家臣たちについて調べてみました。 そもそも「月百姿」とは、月にまつわる日本や中国の歴史や物語を題材とした浮世絵版画。全100点からなる膨大なシリーズですが、その中に戦国武将が登場する作品は13点あります。武将たちの名前を挙げると、以下の

おいしいの視線の先は?―月岡芳年「風俗三十二相 むまさう 嘉永年間女郎之風俗」

満月の輝く夜、建物2階の縁側で女性がにこやかな表情をしている。右手に持つ串の先に刺さっているのは、天ぷらだ。しっぽがあるので魚であろう。メゴチかキスだろうか。 染付の大皿に天ぷらが盛られ、縦じま模様のそばちょこには、天つゆがなみなみと注がれている。 江戸時代の庶民たちに人気のグルメといえば、そば、すし、うなぎ、そして、天ぷらである。江戸の町でいう天ぷらとは、魚介類にうどん粉をまぶして、ごま油で揚げたもの。アナゴや芝エビ、コハダや貝柱などが好まれた。 天ぷらは油を使う

「月岡芳年ー血と妖艶」展 スライド・トーク オンライン配信 まとめ

太田記念美術館にて、2020年8月1日~10月4日に開催中の「月岡芳年―血と妖艶」展。これまで、展覧会の見どころを学芸員が紹介するスライド・トークは大変ご好評をいただいておりましたが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、実施することができない状況です。 そこで、スライド・トークをオンラインにて配信することにいたしました。10回分の放送を、視聴しやすいよう、noteにまとめてみました。紹介作品もリストアップしております。また、字幕もありますので、必要な方は、字幕をONにしてく