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葛飾北斎 記事まとめ

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記事一覧

葛飾北斎が蔦屋重三郎のお店を紹介します

2025年のNHK大河ドラマの主人公となった蔦屋重三郎。蔦屋重三郎は何をした人かと言えば、その…

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北斎と馬琴が制作をめぐって喧嘩したという話

浮世絵師・葛飾北斎と戯作者・曲亭馬琴。最強のタッグと言ってもよい2人は、『椿説弓張月』や…

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北斎が馬琴の指示を勝手に変更して作画していたという話

浮世絵師の葛飾北斎と戯作者の曲亭馬琴はタッグを組み、読本を制作しました。時には、北斎が馬…

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北斎と馬琴は同居するほど親密だったという話

葛飾北斎の名前が全国に知れ渡るきっかけとなったのは、数え45歳の頃から本格的に取り組むよう…

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富士山はどれくらい遠くから見えるのか、北斎と広重に聞いてみた。

歌川広重の「冨士三十六景 下総小金原」。手前に大きく描かれた馬が印象的な作品です。小金原…

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北斎は「画狂老人卍」というやんちゃな画号をどのようにして思い付いたのかという話

葛飾北斎が生涯に何度も画号を変えたという話は有名ですが、たくさんある画号の中でも、特に異…

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葛飾北斎のご先祖様ってどんな人?

葛飾北斎を生んだ両親は、どのような人物だったのでしょうか? 父親については、川村氏、あるいは、幕府御用達の御鏡師(鏡職人)である二代中嶋伊勢の長男であったという説(註1)があり、断定には至っておりません。(後日、別記事にて紹介予定) 一方、母親については、小林平八郎の孫であったことが伝わっています(註2)。 小林平八郎とは、忠臣蔵で知られる吉良上野介に仕えた武士。元禄14年(1701)、大石内蔵助が率いる赤穂義士たちが吉良邸に討ち入りした際、吉良上野介を守るために奮闘し

葛飾北斎の「冨嶽三十六景」は「三十六景」ではなくて「四十六景」という話

葛飾北斎の代表作である「冨嶽三十六景」。題名が「三十六景」となっていますので、全部で36点…

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【オンライン展覧会】「北斎とライバルたち」(通期)

太田記念美術館にて、2022年4月22日~6月26日開催の「北斎とライバルたち」のオンライン展覧会…

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北斎VS暁斎 漫画対決!

2021年7月22日より9月17日かけて、六本木東京ミッドタウン・ホールでは「北斎づくし」展が開催…

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『北斎漫画』の「漫画」はどういう意味なの?という話

葛飾北斎の代表作である『北斎漫画』は、人物や動物、植物、建物、風景など、ありとあらゆる題…

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『北斎漫画』が北斎の死後30年ほども経って完結した理由とは?

葛飾北斎の代表作である『北斎漫画』。人物、動物、植物、建物、自然など、ありとあらゆる題材…

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『北斎漫画』の最終巻は北斎の真筆ではない?という話

葛飾北斎の代表作であり、広く海外にも影響を与えた『北斎漫画』。その完結編となる15編が、北…

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北斎の波の絵はどこから富士山を眺めているの?という話

葛飾北斎の代表作「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。荒々しい波の描写が印象的な作品ですが、具体的にはどの場所から富士山を眺めているのでしょうか? 題名に「神奈川沖」とありますし、これだけ波が荒いとなると、現在の神奈川県の沖、すなわち県南部に面した相模湾と考える方もいらっしゃることでしょう。しかし、この「神奈川」とは神奈川県ではなく、東海道の3番目の宿場町であった神奈川宿のことを指しています。現在の神奈川県横浜市神奈川区にあたります。 神奈川宿の様子は、歌川広重が「東海道五拾三